マダムの部屋

愛国女性のつどい花時計代表でもあるマダムが思った事など書いています。

2014年08月

南三陸町に行ってきました

花時計では、平成23311日に発生した東日本大震災の直後から、被災地へ救援物資を送る活動を続けてきました。被災地の赤ちゃんに紙オムツを送ることから始まり、その後はジャーナリストの山際澄夫さんの「ダンボール一箱支援」に参加して、宮城県南三陸町の世話人さんから現地の様子を教わりながら、その時々、季節毎に必要な物資を送ることができたのではないかと思います。
年月の経過と共に発送の間隔が空いてきましたので、ご寄付の随時受付は終了とさせていただきます。今後、物資を送る際には花時計ニュースでお知らせしますので、無理のない範囲でご協力いただけましたら幸いです。(今までの残金は、今後の支援物資代に充てさせていただきます。)何卒よろしくお願いいたします。
                                           花時計会計・結城


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【救援物資関連記事一覧】
1回 被災地の赤ちゃんに紙オムツを送ることができます!
2回 【ご報告】花時計支援キャンペーン第2弾 被災地の女性たちに物資を届けよう!
3回 【ご報告】救援物資キャンペーン第3 南三陸のお母さんが今一番ほしいものを送ろう!
 個人支援 南三陸に優しさと気配りいっぱいの贈り物が届きました!
 個人支援 できる範囲で少しずつ 
4回 救援物資キャンペーン・第4弾の報告です
5回 救援物資キャンペーン・第5弾の報告です
 被災地より 被災地からのお礼
 個人支援+ご寄付 被災地に古着と食品を送りました
 復興イベント 南三陸のお母さんたちが作ったホタテキャンドル
6回 救援物資キャンペーン・第6弾の報告です
7回 救援物資キャンペーン・第7弾の報告です
8回 被災地からお礼状が届きました!
9回 救援物資・第9弾のご報告です
10回 救援物資・第10弾のご報告
11回 救援物資・第11弾のご報告

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さて、話題は変わりまして。
救援物資の活動で知り合った現地の世話人さんに会うために、夏休みを利用して南三陸町に行ってきました。以下、旅行の報告になります。皆さんも一緒に旅をしている気分を味わっていただけたら幸いです。


【南三陸町歌津までの旅費】一人分
●東北新幹線はやぶさ 東京⇔仙台(約1時間半)往復・指定席 ¥22.800
●高速バス・仙台南三陸線 仙台駅前のりば⇔枡沢(約2時間)往復・回数券 ¥2.800
●宿泊 ニュー泊崎荘 南三陸グルメプラン・海旬コース(一泊二食) ¥10.800
                               (21室~¥9.800) 
(・∀・)つ 合計 ¥36.400 + お弁当、お土産代


仙台駅から高速バスに揺られること約2時間。車窓からは青々とした稲穂の波と、その合間に土を盛って復興作業を続ける重機の姿が見え隠れしてきます。
田んぼ工事中2

枡沢バス停でバスから降りると、さあっと涼しい風が吹き抜けました。空気が澄んでいて、どこか懐かしい感じがします。目の前の何の変哲もない大通りが、震災の時には6mの津波が道のあちらとこちらから押し寄せてぶつかり合った場所だと後で知りました。

宿に着くと、いつも救援物資の受け取りと配達をしてくれている世話人の女性が会いに来てくれました。お互いにメールや電話でイメージを膨らませていたので「想像してた人と違う~」と笑い合い、挨拶後すぐに車で南三陸町を案内してもらいました。

町全体が津波の被害を受けた志津川の町です。既に瓦礫もなく平坦に均されているため、高速バスの車窓から見た時は、この場所に町があったと気付くことが出来ませんでした。
工事中5工事中4

広々とした大地の真ん中に、ニュースなどでよく見かけた防災対策庁舎が佇んでいました。防災対策庁舎側面の階段の歪みが、津波の破壊力を物語っています。この庁舎で亡くなられた方々のご遺族からは、見るのが辛いので取り壊して、代わりに慰霊のためのモニュメントを建ててほしいという意見も出ているそうです。その真向かいにある建物は、車の移動中だったのでよく見えませんでしたが、中はがらんどうのようでした。
防災対策庁舎2公立志津川病院

志津川の高台に作られた仮設の商店街です。夕方に着いたので空いているお店が少なかったけれど、展示されている写真や切り絵、モアイ像や招き猫を見ながら興味深く散策することができました。
志津商店街モアイ招き猫

ちょうど今年の7月23日に、天皇皇后両陛下がご来町されたとのことです。天皇陛下が及善蒲鉾店の笹蒲鉾を気に入られて宮内庁御用達になったそうなので、私もあやかってお土産に買ってきました。高級魚キチジ(キンキ)入り、シソ入り、チーズ入り、それぞれ違う風味で後を引く美味しさです。
土産・笹かまぼこ

商店街の壁面に、震災前と震災後の志津川の写真が張られていました。
志津震災前志津震災後

再び車に乗って泊崎半島の最南端、歌津崎へ。そこにある神社から、霊島・金華山を眺望することができました。(天気が良ければ、もっと良く見えるそうです。)
半島最南端へ半島最南端祠半島最南端

世話人さんのご自宅にもお邪魔させていただきました。お仕事やご家族のお世話で忙しい方なのに、沢山のお料理でおもてなしを本当にありがとうございました。ご主人様と息子さんが漁師さんなので、タコもウニもツブ貝もタラも全て新鮮で甘みがあり、びっくりするほど旨味が凝縮されています。夢中になって頂いていたら写真を撮り忘れていました。食べかけをパチリ。本当はもっと綺麗に盛り付けてあったのに、すみません。タラの身と肝の煮付けは、写真を撮る前にお腹の中に消えてしまいました。タラの肝はふっくらと柔らかく、まるでフォアグラのようでしたよ。
手料理

この夜、世話人さんの計らいで二人の女性と対談することができました。一人は、着の身着のままお孫さんの手を引いて避難した80歳のおばあちゃん。もう一人は、今も仮設住宅で生活している女性です。

皆さん、震災当時のことを振り返ることはあまりないとのことでした。世話人さんも、防災対策庁舎を見に入ったのは今回が初めてだったそうです。ご家族や地域の人々を守るために精一杯がんばってきた女性たちですから、過去を振り返るより前を向いて駆け抜けてきたのだと思いますし、まだ思い出すこと自体が怖く直視できない部分もあると思います。それでも皆さん優しく、色々なことを話して聞かせてくれました。

高台にあるこの宿は津波の被害を免れたため、在庫していたロールケーキを振る舞ったり、雑魚寝状態の避難所から被災者を受け入れたりしてくれたそうです。雪の降る中、何十日も避難所生活を送ったおばあちゃんが「この宿で温かい布団で寝た日は涙が出た」と話してくれました。おばあちゃんも、もう一人の女性も、この宿に宿泊している間は毎日、何度も階段を上り下りして支援物資を各部屋へ届けたり、トイレ掃除を率先してやっていたそうです。

また一口に被災者と言ってもその状況は様々で、例えば財産を全て失った人と家が残った人とでは温度差が激しく、心の溝が生じてしまったことが辛かったそうです。それでも立場の違いを乗り越えて協力し合ってきた彼女達の笑顔はピカピカに輝いていて、お互いに心から信頼し合っていることが伝わってきました。伺った貴重なお話を全て掲載することはできませんが、出来るだけこのブログ記事の中にちりばめさせていただきました。

そしてニュー泊崎荘の社長を始め従業員の皆様、この対談に快くロビーを貸して下さった上、コーヒーやロールケーキ(絆ロール・パティシエくりこさん手作り)でおもてなしいただき、心より御礼申し上げます。

ニュー泊崎荘2F朝陽亭からの眺め。目の前の海は、震災当時は多くの瓦礫で浮島が現れたようになっていたそうです。(地平線の向こうはサンフランシスコ)
朝・宿からの風景

南三陸グルメプラン・海旬コース(デザート付)
どれもこれも新鮮で濃厚な味わいでした。男性でも満足の量だと思います。
晩御飯

翌朝のチェックアウト時、ロビー売店でお土産を買いました。お部屋のお茶請けに出されていた歯応えサクサクのクッキー(アーモンド、ごま)と、お味噌汁に浮かべると美味しい焼ばら海苔です。
土産・クッキー土産・焼ばらのり

車で迎えに来てくれた世話人さんが、バス停へ向かう途中で泊浜に寄って、そこからの景色を見せてくれました。沖に浮かんでいるのは、世話人さんのお宅の漁船。震災時、津波で破壊された防波堤の隙間から沖へ流され無事だったため、そのエンジンを利用して避難所に電気を点けたり、逸早く漁に出たりと大活躍だったそうです。足元を覗き込むと、堤防の壁面にカキとウニが沢山くっついていました。
世話人さん漁船カキ・ウニ

白いテント地の建物はカキの加工場だそうです。泊浜にあった加工場は全て流されてしまったため、今はこの中で作業が行われています。東京ドームと同じ素材で作られているそうです。
カキ加工場

ワカメ漁用の白い小船たちが、穏やかな波に揺られていました。小船を港に寄せて手作業でワカメを持ち上げるそうですが、水を含んでいてとても重いため、かなりの重労働とのことです。水揚げ後すぐに港の広いスペースでワカメを部分によって仕分けたり干したりする作業が行われます。
ワカメ船ワカメ水揚げ場ワカメ作業場

車の窓から歌津の復興住宅が見えました。仮設住宅に住んでいる人たちは、この建物に入居することになるそうです。入居希望者は、お年寄りが多いとのことでした。
復興住宅

枡沢バス停の近くにある、歌津の仮設店舗です。めかぶ漬が美味しいと聞き、すかさず購入。爽やかな若葉のような香りと、コリコリとした歯応えが感動的です。
歌津商店街土産・めかぶ

バス停に着き、世話人さんとはここでお別れです。お土産に塩ウニや冷凍ツブ貝を渡されて、その温かな心遣いに胸がいっぱいになりました。何から何まで本当にお世話になりました。(写真は、自宅に戻ってから作ったツブ貝と焼ばら海苔のスパゲティ。オリーブオイル、ニンニク、唐辛子との相性がバツグンです♪)
三陸パスタ


帰りの高速バスから見えた、未だ残る震災の傷跡。
ウタちゃん橋何か壊れたもの2崖

このように南三陸町はまだ復興の途中ではありますが、温かなおもてなしの宿はありますし、海産物はどれもこれも海の豊かさがギュウッと詰まっていてとても美味しい!ということがわかりましたので、時にはボランティアではなく観光客として訪れてみるのも良いのではないかと思います。一泊二日の短い時間でしたが、行ってみないとわからないことが沢山あったので有意義な旅になりました。食いしん坊の私は、ご馳走になった海産物を東京で取り寄せできないか聞いてみましたが、さすがに生モノの発送は難しいとのことです。う~ん、残念。歌津のワカメ(肉厚でとても美味しいワカメです)のように取り寄せができたら良かったのですけど。皆さんもぜひ南三陸町へ行って、地元でしか味わえない海の幸を楽しんでみて下さいね。

以上、長くなりましたが南三陸町旅行の報告でした。最後までお付き合いいただきありがとうございました。(・∀・)


「ダンボール一箱支援」「歌津のワカメ」については、山際澄夫さんのブログのサイトマップから閲覧することができます。


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おまけ

8/30(土)JR亀有駅前リリオパークにて開催された葛飾大音楽祭に、南三陸の方々が招待されていました。このイベントは復興支援を目的として去年から開催されていて、楽器をプレゼントしてもらった南三陸の子供たちがそのお礼として演奏することになったそうです。

南三陸の子供たちによる太鼓や踊りの出し物に、観客も一緒に歌ったり踊ったり盛り上がりました。テントでは東北物産品の販売も。南三陸の皆さんが売り子を頑張っていました。

音楽祭売り子さん

日本は「階級社会」ではなく「分担社会」

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 桂離宮に行ったことがありますか? わが国にはたくさんの名園がありますが、その中でも桂離宮は最高ではないか、と思います。さほど広くはないのですが、歩く人の目線に合わせて池や樹木や建物が配置されていて、簡素だけれども上品で洒落ています。茶室から眺める月の美しさはまさに絶景です。海外旅行に行って庭園を見ることもあるでしょうが、ヨーロッパの庭園、例えばヴェルサイユ宮の庭園はだだっ広くて左右対称に造られています。かっきりとした人工的な美しさで日本の庭園とは対照的です。ドイツの建築家、ブルーノ・タウトは桂離宮を見て「泣きたくなるほど美しい」と言ったそうですが、西洋の美意識とあまりにも違う日本の美意識に驚嘆したのだと思います。

 フランス、イタリア美術史研究の第一人者で東北大学名誉教授の田中英道氏は『日本の歴史 本当は何がすごいのか』(育鵬社・1500円)の中で姫路城とヴェルサイユ宮を比較して「同じ17世紀に建てられた東西の二つの城郭建築ほど対照的なものはありません。・・・一方は横に広がる左右対称で、他方は上に伸び、非対称型です。その庭園も同じような違いがあります。左右対称とは、自然と対立している造り方です。従って、人間が自然を支配している、という意思を示しており、他方は自然に調和しようとする形をとっています。それはまさしく西洋と日本の自然観の相違を示しているのです」とおっしゃっています。

P6120961
 
 ある国の特徴やある民族の特徴を知ろうとするとき、美術や芸術を見ると違いがよく分かります。『日本の歴史 本当は何がすごいのか』は日本の文学、絵画、彫刻、建築、音楽などを時代ごとに分けて分かりやすく解説しながら、美術面だけでなく日本史や日本人そのものの特質や民族性を明らかにしようとしています。私は修学旅行で京都や奈良へ行きましたが、若かったし勉強不足で何の感動も得られなかったような気がします。これから修学旅行で京都や奈良へ行く学生には是非、この本を読んでから行ってもらいたいものです。きっと感動が倍増すると思いますよ

 この本を読んで改めて思ったのは日本の女性はいかに早くから自立し、自由であったか、ということです。その典型的な例が『源氏物語』を書いた紫式部です。私たちは今もさまざまな作家の翻訳で『源氏物語』を読んでいるわけですが、考えてみればそのこと自体が凄いことです。11世紀に書かれた『源氏物語』の世界を現代人の私たちが共有できるということはいかに『源氏物語』が普遍性があるか、ということです。他の国にはそんな文学作品はありません。日本文学史家のドナルド・キーン氏は『源氏物語』をフランスの作家、プルーストの『失われた時を求めて』になぞらえています。確かに両方とも長編小説で人物の心理描写が巧みですが、しかし『失われた時を求めて』が世に出たのは20世紀です。紫式部はその900年も前に 『源氏物語』を書いているのです。凄い、としか言いようがありません。

 田中さんは西洋の社会主義史観や進歩史観で日本史を見ることの愚かさを説いていらっしゃいます。今、歴史の教科書には「古代」「中世」「近世」「近代」などといった時代区分がありますが、それ自体が近代の優位性を強調するためのもので日本の歴史には当てはまらないそうです。また日本人は昔から家庭でも地域でも各自が役割分担をしてきました。自分のためではなく地域の共同体のために生きるのが本来の日本人の生き方であり、それが日本が2千年以上続いた理由、とおっしゃっています。西洋の「階級闘争」という考え方自体、日本には必要なかったのです。私たちは「階級闘争史観」に騙されないようにしましょう。


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フラトーン市議会が慰安婦記念碑設置を検討中!

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 アメリカ・カリフォルニア州南部にあるフラトンという市の市議会で
819日「慰安婦碑設置を検討する」が可決されてしまいました。この件に関して「なでしこアクション」の山本代表からメールをいただいていますので、転載します。拡散をお願いします!


2014年8月19日にカルフォルニア州フラートン市議会にて、 The Korean American Forum of  CaliforniaKAFC http://kaforumca.org/)が提案した、「市博物館に慰安婦記念碑設置を検討する」が賛成3、反対2で承認されました。市博物館が2015年秋に予定している「慰安婦ハルモニ展」に合わせて慰安婦記念碑を設置するか否か、2か月後に決めるとのことです。フラートンは福井市の姉妹都市でもあります。反対した市議は福井市との友好関係が悪くなることを懸念しています。市議会には日本人、日系人も駆けつけ反対のスピーチをしました。慰安婦記念設置の決定はこれからです。今も現地の日本人が反対に頑張っています。
 反対の署名を博物館と市議会に提出することにしました。(9月末までに集計、プリントしたものを提出予定)一筆でも多く署名が集まりますよう、ご協力お願い申し上げます。
【署名日本語版】
フラートン市議会に対し、2014819日に採択されたHR121を支持する決議を撤廃することを求めます。博物館センターに対し、慰安婦記念碑の展示を承認しないよう求めます。
http://goo.gl/9Nshgx
【署名英語版】
We petition to the City Council of Fullerton to repeal the resolution
of HR121 espousal.
 We petition to the Fullerton Museum Center to
disapprove the display of Comfort Women Monument.
http://goo.gl/jqqWzs
<連絡先>
福井市役所 http://www.city.fukui.lg.jp/
姉妹都市担当:市民生活部 まちづくり・国際課
業務時間 :平日8:3017:15
住所:〒910-8511 福井市大手3丁目10-1
電話番号」 0776-20-5300
ファクス番号: 0776-20-5391
メールフォーム https://www.city.fukui.lg.jp/inquiry/mailform101204.html
City of Fullerton
http://www.cityoffullerton.com/
303 W. Commonwealth Avenue
Fullerton, CA 92832
(714) 738-6310
メールフォーム http://www.cityoffullerton.com/about/citizen_support/ask_a_question.asp
Fullerton Museum
http://www.cityoffullerton.com/depts/museum/
301 N. Pomona Ave.
Fullerton, CA 92832
(714) 738-6545
FMC@ci.fullerton.ca.us
<参考動画>
【山本優美子】フラートン慰安婦像設置の行方[H26/8/26]
http://youtu.be/podoVZGlXQk
フラートン市コンタクト先リスト
http://www.cityoffullerton.com/about/city_hall/city_directory.asp#mayor/city_council

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富士総合火力演習

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 富士山の広大な麓で行われる陸上自衛隊の「富士総合火力演習」略して「そうかえん」に行ってきました。本番は
24日に小野寺防衛大臣をお迎えして行われるそうですが、19日にその予行練習が行われたのです。「そうかえん」の参加者は毎年、抽選で選ばれ、去年は20倍だったそうですが今年はなんと! 24倍の難関でした!

 朝640分に新宿に集合してバスで富士山をめざします。東名高速道路が渋滞していたこともあって、到着した時は既に演習が始まっていました。駐車場に降りたらもうドカン、ドカーンという大音響と共に大地が揺れるような感覚があって、わくわくしました~

 「そうかえん」には毎年、それぞれテーマがあるそうですが、今年は「島嶼防衛」が強調されているように感じました。尖閣諸島に限らず、わが国周辺の島々に敵が上陸した際、それをいかにして奪還するか、ということを想定した訓練が日々行われているのです。

 戦車や戦闘機が次々にやって来て、富士山の麓に設置された的に向かって実弾(実弾でない場合もありました)を撃つのですが、的が遠すぎて肉眼でとらえるのは難しく、近くにあるスクリーンで確認することになります。動きが早すぎてスクリーンを目で追うのが精一杯でした。それにしても百発百中なんですが、これって当たり前のことなんでしょうか? 戦前の日本陸軍軍人の射撃の腕前は全員がスナイパー並みだった、という話を聞いたことがありますが、いやいや陸上自衛隊もそれに劣らない腕前だと思いますよ

 途中でぱらぱらと雨が降り出しました。観客の中に何人か傘を取り出す人がいました。すると会場警備担当の自衛官が行って「傘をたたんでください」と注意します。傘を差されると後ろの人がまったく見えなくなってしまうからです。ベンチ席は早々と埋まっていて大部分の人たちはシートの上にぺたっと座っているので、前の人が立ち上がっただけで後ろの人は見えなくなってしまいます。私が感心したのは警備担当の自衛官がわざわざしゃがんで注意していたことです。座っている観客の顔の前に自分の顔を近づけて静かに注意しています。相手に威圧感を与えないように、という配慮ではないか、と思うのですが、そこまで気を遣わなければいけないのか、と気の毒な気がしました。

 自衛隊が発足したのは昭和29年(1954年)ですから、今年で発足60周年になります。この60年間、自衛隊の実質は軍隊でありながら法的には警察と同レベルの組織でした。それは今も同じです。自衛官は武器使用に関して警官並みのレベルしか認められておらず、それを超えてしまったら罰せられます。本来、国を守る軍人に当たり前に認められている「自分の判断で発砲する権利」が自衛官には与えられず、現場で指揮に当たる隊長はいざとなったら自分が罰せられることを覚悟の上で指揮しなければなりません。軍人というのはどこの国でも尊敬される存在、憧れの職業なのに自衛官はまるで日陰者扱いです。それでも日々、黙々と訓練に励む自衛官には感謝しかありません。

 広島の土砂災害のような想定外の災害の時も結局、最後に頼りになるのは自衛官です。安倍政権には自衛官の人数をもっともっと増やすこと、そして自衛官に軍人としての名誉を与えることをお願いしたいです。


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元米軍慰安婦が韓国政府に賠償を求める

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 先月、「私たちは元米軍の慰安婦だった」と称する韓国人の女性
122人が韓国政府を相手どってソウル中央地裁に訴訟を起こしたのを知っていますか? 彼女たちは朝鮮戦争の休戦後、在韓米軍基地近くの売春街(通称・基地村)で米兵相手に売春をしていたそうですが、その際「韓国政府の厳しい管理下に置かれて人権を侵害された」というのが訴訟の理由だそうです。一人あたり1000万ウォン(約100万円)の国家賠償を求めているそうです。このニュースを聞いて、皆さんはどう思われますか?

 朝鮮戦争(1950年~53年)時の韓国軍責任者は今の大統領の父親である朴正煕です。去年11月、韓国の国会で野党議員が朴正煕の決裁署名入りの文書を基に政府を追及したそうですが、それによると基地村は62箇所あり、米軍の慰安婦は9935人いたそうです。実際にはもっとたくさんいたはずです。「日本軍の慰安婦だった」と名乗り出ている韓国女性の中には「ドラム缶に入れられて、着いたらそこは慰安所だった」とか「クリスマスは忙しかった」などと証言している人もいるので、彼女たちはもしかしたら大東亜戦争ではなく朝鮮戦争時の慰安婦だった可能性もあります。

 毎年815日を韓国では「光復節」と呼びます。光復=光が戻った、という意味で日本の植民地支配から解放されたお祝いの日なのです。毎年、盛大な式典が開かれ、そこで大統領が日本の植民地支配がいかに残酷なものであったか、をスピーチするのが慣わしになっています。今年も案の定、朴槿恵大統領が「元慰安婦だったお婆さんたちの心の傷を思ったら、日本政府は謝罪しなければならない」と演説をしていました。しかし、自国の女性を米軍の慰安婦に提供していたのが、こともあろうに自分の父親だということになると、大統領は日本を批判できる立場ではないのではないでしょうか?

 アメリカにとってもこの訴訟は厄介なものになるでしょう。オバマ大統領は4月に訪韓した時、韓国メディアの誘いに乗るかのように、慰安婦問題について「甚だしい人権侵害だ」とか「何が起きたのか正確で明快な説明が必要だ」と上から目線で言っていましたが、朝鮮戦争時の米兵の行いが暴かれたら日本を批判する資格などなくなるのではないでしょうか?

 「人を呪わば穴二つ」という言葉があります。ありもしない「慰安婦の強制連行」をでっち上げて日本からうまくお金をせしめられると韓国は思ったのかも知れませんが、それが自分たちにブーメランのように返ってきたわけです。今後、ベトナム戦争時の韓国軍によるベトナム女性強姦の実態なども徐々に暴かれることでしょう。日本に対して仕掛けたつもりの罠に、結局、自分がはまってしまったことに早く気づいた方が良いと思います。





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