マダムの部屋

愛国女性のつどい花時計代表でもあるマダムが思った事など書いています。

2014年09月

イザベラ・バードが見た日本

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明治11年(1878年)、47歳のイギリス人女性が横浜埠頭に降り立ちました。イザベラ・バードが初めて日本の土を踏んだのは横浜でした。しかし彼女にとって横浜は雑然としていて美しさに欠けていました。「本当の日本の姿を見るために出かけたい」と思った彼女は「この国でもっとも外国人に知られていない地方を探ろう」という、かなり無茶なことを計画します。英国代理領事のウィルキンソンはイザベラの計画を聞いて「それはたいへん大きすぎる望みだが、英国婦人が一人旅をしても絶対に大丈夫だろう」と言います。それを聞いて安心したイザベラは北へ向けて旅立ちます。

 旅行家として数々の紀行文を残したイザベラ・バードは牧師の娘として生れました。幼い頃から病弱で、脊椎の病気のために青春時代はほとんど牧師館のソファに横になって過ごしたそうです。しかし「健康になるために」なんと! 23歳で外国旅行を志します。イギリスからまずカナダ、アメリカへ行きます。2年後、初めての旅行記『英国女性の見たアメリカ』を出版します。中年になってから本格的な旅行を始め、オーストラリア、マレー半島、チベット、日本、朝鮮、中東などを回りました。

 イザベラ・バードの書いた『日本奥地紀行』(平凡社ライブラリー・1500円)を読みました。外国人が、それも女性がたった一人で(通訳であり、身の回りの世話をする伊藤という男を雇いはしたものの)言葉も通じない田舎を旅するということは簡単なことではなかったはずで、彼女の勇気と大胆さに驚きます。当時の日本人にとっては外国人を見ること自体が驚きで、彼女の行くところ常に周りには見物人が人垣を作る事態になってしまいます。どこへ行っても常に注目されるということは、非常に疲れるはずです。しかし、やがて彼女は日本の田舎の風景の美しさ、日本人の正直さや勤勉さ、日本の子供たちの無邪気さ、愛らしさなどに魅せられていきます。

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 明治
116月に東京を出発したイザベラは約3ヶ月かけて福島、山形、新庄、横手、秋田を経て青森、さらに北海道にまで足を伸ばします。農村の道は舗装されていないし乗る馬は貧弱で、まったく言うことを聞きません。ノミの大群や持病の発作にも悩まされますが、それでも見るものすべてが美しく感じられたようで、この人はよほど我慢強い人なのではないか、と思います。心底、旅が好きな人だったのでしょうね。

 まだ写真がなかったのでしょうか、イザベラは日本の家や風景、日本の庶民の姿をスケッチしています。そのスケッチが素晴らしくて、見ているだけでほのぼのした気持ちになれます

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与謝野晶子は反戦歌人ではない

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 NHK
は「Eテレ」(前は教育テレビ、と言っていたのにいつの間にこんな名前に・・・)で与謝野晶子の「君死にたもうことなかれ」という歌を子供たちに歌わせているそうです。NHKは疑うことを知らない子供の脳に日夜、せっせと反戦思想を吹き込んでいます。確かに「君死にたもうことなかれ」の「君」とは、よく知られているように与謝野晶子の弟です。晶子が日露戦争に出征する弟の無事を祈って詠んだ歌ですが、これは姉としての気持ちを素直に歌っているだけで晶子が反戦歌人だというわけではありません。

 明治43年(1910年)、潜水艦の訓練中に事故が起きて、佐久間勉艦長と乗組員13人が亡くなるという悲しい出来事がありました。初期の潜水艦はまだ未完成で事故が多かったのです。佐久間艦長は真っ暗で狭い潜水艦の中で、意識が遠のきながらも手帳に細かく事故の様子を書き残しました。そして、こんな事故が起きたからといって潜水艦の開発を途中で止めないでほしい、と書いています。乗組員13人は自分の持ち場を離れることなく、取り乱さないで静かに最期を迎えたそうです。こんな状況になれば脱出しようとする乗組員が出口に殺到してもみ合いになるのが当たり前なのに、と海外でも驚きの一大ニュースになったそうです。晶子はこの時、「海に入り帰りこぬ人十四人(たり)いまも悲しき武夫(もののふ)の道」という歌を詠んでいます。

  晶子といえば子だくさんでも知られていますが、四男の昱(いく)は海軍大尉でした。昱が出征するとき、晶子は「水軍の大尉となりてわが四郎み軍(いくさ)に往(ゆ)く猛(たけ)く戦へ」という歌を詠んでいます。昭和7年(1937年)、第一次上海事変で爆弾を抱えて突撃した「爆弾三勇士」の武勇伝が国民を沸かせたことがありました。このとき、晶子は「勇者となれ」という論文を書いています。また「国民覚醒の歌」という歌も発表しています。このような歌があるにもかかわらずNHKはそれを無視して、晶子といえば「君死にたもうことなかれ」しか詠んでいないように印象操作をしています。

 晶子はフェミニストであったかのように言う研究者もいますが、それも一面しか見ていないと思います。平塚らいてうが「妊娠・出産に対して国家は女性を保護すべきだ」と主張したのに対して「婦人は如何なる場合にも依頼主義を採ってはならないと思います」と、晶子は反論を述べています。また戦後初の婦人少年局長であり、夫婦別姓を主張していた山川菊栄に対しても「山川菊栄氏がマルクス主義を奉持していられるかぎり、その言葉は真に目ざめた婦人に対してはなんらの権威なき、嗤(わら)うべき、唾棄すべき振る舞いである」と厳しく批判しています。マルクス主義が男と女を対立させ、家庭をバラバラにするものだということを晶子は見抜いていたのではないか、と思います。女性同士だと、こういうふうにきちんと冷静に反論するってなかなかできないことだと思うんですが、スゴイですよね

 では晶子は皇室について何か発言していないでしょうか? これも戦後の日本では封印されていますが、晶子は皇室を敬愛していました。「私の常に感謝していること・・・皇室の統制の下に生活していることの幸福である」と言っています。おそらくこれが当時の日本人の普通の感覚だったのではないでしょうか? 晶子は天才的な歌人であると同時に健全な常識人だったのではないか、と思います。

 小さいお子さんをお持ちのお母さん、NHKEテレ」には問題のある番組が多いです。ご用心を!

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ベトナム戦争時の韓国軍の蛮行

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 ベトナム戦争の時の民間人に対する攻撃や虐殺、というと私たちは「ソンミ事件」や「米軍による枯れ葉剤散布」を思い出します。そしてアメリカはベトナムで随分ひどいことをやっていたんだなあ、と考えます。しかし、米軍の傭兵としてベトナム戦争に参戦していた韓国軍の蛮行についてはまったく知りません。これはなぜなのでしょうか?

 「シンクタンク戦略大学」代表の北岡俊明氏と、その兄上である北岡正敏氏(神奈川大学名誉教授)が去年、今年の2回にわたって韓国軍が駐屯していたベトナム中部の五つの省を歩き回り、フィールド調査した結果を一冊の本にまとめられました。『韓国の大量虐殺事件を告発する』(展転社・1600円)です。本を開けるとまずカラー口絵がぱっと目に飛び込んできます。韓国兵と思われる兵士がベトナム人に向けて手榴弾を投げたり、民家を焼いている絵や強姦され、泣いている女性とその母親の絵、憤怒に燃える老人、井戸の中に毒と手榴弾を投げ込む兵士・・・・ピカソの「ゲルニカ」を思い起こさせるような阿鼻叫喚の地獄絵です。これはベトナム中部、ビンアンというところの慰霊廟にあった壁画だそうです。

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 北岡さんたちは去年と今年の調査で計
19カ所の慰霊廟、慰霊碑が存在することを確認しましたが、これはまだごく一部に過ぎないそうです。ベトナム戦争時の戦争犯罪の象徴のように言われる「ソンミ事件」では504名が犠牲になったといわれていますが韓国軍による民間人虐殺はおそらく約100カ所で行われ、犠牲者は1万人から3万人を下らないだろう、と北岡さんは述べています。もしこれが事実だとしたら大変なことです 戦場で戦う兵士同士の間で起こる残虐行為と違い、武装していない民間人、それも老人や女性、子供に対する残虐行為は完全な国際法違反であり、時効はありません。しかし朴槿恵大統領は今年、ベトナムを訪問した時もいっさいベトナム戦争に触れることはありませんでした。当時の韓国軍の責任者が自分の父親であったにもかかわらず、です

ベトナム政府は韓国からの投資に期待しているせいか「過去に蓋をする」方針だそうです。ベトナムはアメリカに対しても一切、謝罪や賠償を求めていません。しかし、各地に建てられた慰霊碑は写真を見る限りどれも立派で、犠牲者の氏名、年齢がはっきり読み取れます。ベトナム政府は慰霊はきちんとやっているようですが、学校では「韓国軍の蛮行」を教えていないようです。若いベトナム人はベトナム戦争の時にそんなことがあったとはほとんど知らないそうです。

 それにしても韓国軍は何のために「参戦」したのでしょうか? 当時、北ベトナム軍の一員として韓国軍と戦った人がこの本の中で証言していますが「韓国軍は弱かった」そうです。正規の戦闘では勝てないから、その腹いせに民間人を殺していたのでしょうか? 米軍はなぜそれを放置していたのでしょうか? この本だけでは分からないことが多々あります。

 この本に書いてあることが果たして本当かどうか、国連のパンギムン事務総長には是非、調査をしていただきたいです。国連の中に調査委員会を作って調査チームを派遣してもらいたいです。国連の人権委員会にも取り上げてもらいたいし、女性に対する性暴力という観点からも調べて事実を明らかにしてもらいたいです。証拠も目撃者もいない「慰安婦の強制連行」や「南京大虐殺」で日本を非難する暇があったら、少しは自国の戦争犯罪に目を向けていただきたいものです。





 

 

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【拡散希望】教科書から「従軍慰安婦強制連行」記述削除を!

「新しい歴史教科書をつくる会」は、9月17日、下村博文文部科学大臣に、この度の朝日新聞の
慰安婦関連記事の取り消しにより「従軍慰安婦強制連行説」が完全に消滅したとして、未だに
小・中・高の歴史教科書に残る、「従軍慰安婦」「強制連行」に関する全ての記述を削除する訂
正指導を各教科書発行会社に対して行うよう要請しました。
http://www.tsukurukai.com/News/index.html#260917yousei

これに呼応して、私たちも、文部科学省のHPへ意見を寄せましょう!
ご意見入力フォームはこちらです!

岩波書店への抗議文

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18日、神保町で岩波書店への抗議街宣を行いました。街宣終了後、岩波書店の総務へ抗議文を渡しました。内容は以下の通りです。


                                           

岩波書店常務取締役編集担当  小島潔様

 87日付けのお手紙を拝見し大変、驚きました。小島様は85日、6日の両日にわたって朝日新聞が慰安婦問題についての自社の記事16本を取り消したことをご存じないのでしょうか?そして911日、朝日新聞の社長は、いわゆる「吉田調書」問題と慰安婦問題に関する自社の誤報を謝罪しました。

 85日の朝日新聞朝刊に「読者のみなさまへ」という文章があります。「吉田清治氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾がいくつも明らかになりました」と書いてあります。小島様はこれをお読みにならなかったのでしょうか?

 韓国人の女性が日本軍によって強制連行され、慰安婦にされたという説の根拠となっていた吉田清治氏の証言は嘘だったと朝日新聞が認めたのですから、貴社の出された『日本軍「慰安婦」にされた少女たち』という本は内容云々ではなく、そもそもタイトル自体が嘘だった、ということになります。慰安婦とは戦地で高収入を得ていた売春婦です。貴社の本の中に何度も出てくる金学順さんは、養父に前金40円で慰安所に売られたことが分かっています。金学順さん自身が最初は「40円で売られた」と堂々と言っていたのです。そしてこの本の97ページに出てくる文玉珠さんはビルマで26ヶ月働いて26145円貯金した、と毎日新聞が1992512日に報じています。当時の26145円は家が10軒は買える金額です。これらの事実が既に判明しているにもかかわらず、この本の中には1行も書いてありません。

 当時、売春は合法的な職業ですから、募集広告は堂々と新聞に掲載され、それを見た者が応募してきました。中には女衒にだまされた人や家族や親戚に売られた人もいたでしょう。彼女たちが貧しく、慰安婦にならざるを得なかったことは同じ女性として同情しますが、日本政府や日本軍に責任を問うのは筋違いです。慰安所の経営者はほとんどが朝鮮人で、慰安婦の給与をピンハネしたりする悪徳業者が多かったので、日本軍の憲兵は給与がきちんと慰安婦の手に渡るように管理していました。また軍医が慰安婦の健康診断をしたり、衛生管理をしていました。軍の関与とは、違法行為がないかどうか、慰安婦の働く環境が劣悪でないかなどをチェックする「善意の関与」でした。

 遅きに失したとはいえ、朝日新聞は自社の過ちを認めて謝罪しました。しかし、出版社は紙面がないので出版物を回収するしかないでしょう。タイトル自体が嘘の本を放置することは貴社にとっても恥以外の何ものでもないでしょう。嘘を世間に広めてしまった罪は今更許されるものではなく、社長の謝罪も必要ですが、とりあえずは回収すべきだと思います。

 私どもの会の会員には小さい子供を持つ母親が少なくありません。このような嘘を書いた本がもし自分の子供の目に触れたらどうしよう、不安だという声が多く、お手紙を差し上げた次第です。純真で疑うことを知らない日本の子供たちがこのような嘘によって傷つき、先人に対する敬意を持てず、日本人としての誇りを持てなくなることを貴社はどのように考えているのでしょうか。日本の出版社としての責務をどう考えているのか、まったく理解に苦しみます。ここに強く抗議し、回収することを要求します。

                           平成26918

              「愛国女性のつどい 花時計」代表 岡真樹子 
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