マダムの部屋

愛国女性のつどい花時計代表でもあるマダムが思った事など書いています。

2015年04月

マッカーサーは記念日フェチ

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 中国人が下品だということは最近、日本人の間にずいぶん浸透したようです。テレビ番組は「中国人様が爆買してくださる」と大はしゃぎですが、銀座に大型バスで乗り付けて品物を吟味もせず、ブランド品を片っ端から買いあさる中国人の下品さに多くの日本人は眉をしかめました。中国人と接する機会が増えることは中国人の中身を知るきっかけになって却って良いかも知れません。しかし、アメリカ人と接する機会というのは実は意外と少ない、というかほとんどないので私はずっとアメリカ人の下品さを知りませんでした。大東亜戦争にわが国が負けてGHQ(連合国軍総司令部)に約7年、軍事占領された時、マッカーサーが靖国神社を燃やしてドッグレース場を作ろうとしていた、という事実を知ったのは元産経新聞記者、高山正之さんのコラムを読んだからです。まさか、そんなことが、と最初は信じられませんでした。しかし、紛れもない事実でした。

 保守の論客として有名な人でもアメリカにはけっこう甘い人が多いので、アメリカをコテンパンに論評する高山正之さんのコラムはとても人気があります。高山さんの文章は単にアメリカが嫌い、という感情的なものではなく事実に基づいた批判なので、おそらくアメリカ人が読んでも反論できないでしょう。アメリカ人も勉強のために読んだら知らないことを学べるのになあ、と思ったりします。

 雑誌『正論』の巻頭に高山さんが長年、匿名で書かれていたコラム「折節の記」が一冊にまとまりました。『アメリカと中国は偉そうに嘘をつく(徳間書店・1300円)』です。『正論』編集部の注文で匿名で書いていたそうですが、匿名という気楽さからか、高山節にいっそう磨きがかかっています。辛辣ですがユーモアもあり、怒ったり笑ったり泣いたりしながらあっという間に読んでしまいます。

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 こんな激辛の文章を書く人だからさぞ怖い人なのだろう、と思いきや、実際にお会いしてみると高山さんは驚くほど優しい紳士です。いつもおしゃれに気を遣い、周囲の人に気を遣われるのに感心します。朝日新聞や毎日新聞の記者にも少しは高山さんの謙虚さを見習ってほしいものですね。

 もうすぐ53日「憲法記念日」です。日本国憲法について高山さんはこう書いていらっしゃいます。「・・・そんなお粗末憲法をマッカーサーは113日に発布させた。この日は明治節だ。明治維新を断行し、宮廷費を削って建艦を急がせ、日清戦争、日露戦争を勝たせ、日本を近代国家に導いた明治天皇の誕生日だ。その日に自国を守る軍隊も持たず、戦争を仕掛けられても戦わないことを明記し、かつ諸国民の好意にすがって乞食みたいに生きると前文に謳う滅びの憲法を世界に公表させる。記念日フェチのマッカーサーの高笑いが聞こえてきそうな仕上げだ」。




 

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中国にとって不都合な真実

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 先日、天皇皇后両陛下がパラオをご訪問なさいました。両陛下をお迎えするためにパラオ国民は日の丸と、日の丸によく似たパラオ国旗を沿道に掲げました。日の丸とパラオ国旗を両手に持って力一杯打ち振るパラオの人たちの笑顔とパラオの青い海が印象的でした。

 大東亜戦争の最中、日本軍の将兵も実は中国大陸や東南アジアの行く先々であのように日の丸の小旗で熱狂的な歓迎を受けていたのです。中国国民党や軍閥、匪賊にさんざん痛めつけられていた中国の民衆は日本軍を「解放軍」として受け入れました。国民党軍や匪賊が民衆の生活を破壊し、戦乱に民衆は疲れはて、治安は乱れに乱れていました。日本軍は戦うよりも中国大陸の乱れた治安を回復する活動、今でいえば「PKO活動」のようなことをしていたのです。これは中国共産党が絶対に知られたくない事実です。隠しておきたいでしょうが、もう隠せなくなってしまいました。衝撃的な証拠写真を一冊にまとめた本がついに41日、出版されたからです。ご存じジャーナリストの水間政憲さんの「ひと目でわかる」シリーズの第8弾『ひと目でわかる「日の丸で歓迎されていた」日本軍』(PHP研究所・1500円)です。

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ページをめくるたびにあっと驚く写真が目に飛び込んできます。子供たちは日の丸を嬉しそうに振っています。日本の兵隊の周りを子供たちが取り囲んでいます。女性は水を汲んできて日本軍の将兵にふるまっています。これが戦争中か、と驚くほどのどかで微笑ましい光景です。では、なぜこれらの写真が今まで公開されなかったのでしょうか? この本に収録されている写真を撮ったのは朝日新聞、毎日新聞のカメラマンであり、記事を書いたのは従軍記者です。朝日や毎日の従軍記者たちは命がけで戦場の取材をしていたのです。しかし戦後発行された『アサヒグラフ』にこれらの写真が載ることはありませんでした。GHQ(連合国軍総司令部)の言論弾圧(プレス・コード)によって封印されたからです。

 もう一つ、注目してほしい写真があります。済南事件、通州事件の現場写真です。済南事件は昭和3年(1928年)、通州事件は昭和12年(1937年)に勃発した日本人居留民の虐殺事件です。何の罪もない日本の居留民が多数、惨殺された事件です。その殺し方はまさに家畜を処理するような残忍、野蛮なものでした。今、中国はこの写真をなんと「南京大虐殺」の証拠写真として悪用しています。

 もし戦後、これらの写真を私たちが目にすることができていたら、日本企業の中国進出などあり得なかったのではないでしょうか? 中国に進出している企業の経営者や経団連の幹部にこそ読んでほしい本です。



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やはりあった!WGIP

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 大東亜戦争に負けた後、わが国は約7年間GHQ(連合国軍総司令部)に軍事占領されました。その間国家としての主権は奪われ、自分で自分のことを何一つ決めることはできませんでした。表面的には日本政府が存在していたわけですが、実は矢継ぎ早に下されるGHQの命令を「日本政府の名前で執行していた」に過ぎませんでした。しかし、国民にはその事実は知らされませんでした。戦争に負けても戦前と同じように皇室は存在し、政府も存在していたので国民は何となく「占領統治は比較的、穏当で公平なものだった」という印象を持ちました。

 昭和27年(1952年)、サンフランシスコ講和条約が発効して日本は主権を回復します。その直後の国会で法改正を行ない、「東京裁判」という戦勝国による不当な復讐劇によって処刑された、いわゆる「戦犯」は犯罪人ではないとみなして遺族に年金を支給し、戦犯として刑期をつとめていた人々の即時釈放を全会一致で採択しています。敗戦国民となっても日本人は当時、まだ正気を保っていた証拠です。しかし、戦前の日本人としての教育を受けた人たちが社会の第一線を退き、戦争の記憶が風化する1980年代後半頃から日本人は正気を失ってゆきました。中国や韓国の悪意に満ちた内政干渉に逆うこともできず、政治家や官僚が反論もできずに唯々諾々と従うようになりました。自国の歴史を侮辱されても反論できない日本人の精神の根底には「日本は悪い国だった」「日本は間違った戦争をした」「アジアの国々に迷惑をかけた」という強烈な思い込みがあります。その思い込みは実はGHQによって刷り込まれたものだったのではないでしょうか?

 GHQが出していた指令の中にWGIPWar Guilt Informathion Program)、つまり「戦争についての罪悪感を日本人に植え付けるための宣伝計画」があった、ということは以前から指摘されていました。文芸評論家の江藤淳は『閉ざされた言語空間』(文藝春秋・1989年)の中でWGIPの存在を指摘していますが、実際にその文書が公開されることはありませんでした。あまりにも膨大な文書の中に埋もれていたのです。それを大学教授でもなく歴史家でもない、一人の工学部出身の自称「実験屋」が発見しました。素晴らしい快挙です!

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 「新しい歴史教科書をつくる会」会員の関野通夫さんは大学卒業後、大手自動車メーカーに就職なさいました。その自動車メーカーには「三現主義」という考え方があったそうです。三現=現場、現実、現物を尊重する、という考え方だそうです。関野さんが国会図書館に通い詰めてこれまで知られていなかったGHQの内部文書を発掘なさったのも現物を尊重する、という発想によるものだそうです。

関野さんの執念にも似た努力のお陰でこれまで幻だったWGIPの存在が白日の下にさらされることになりました。しかも薄くて読みやすいブックレットで値段もたった500円! 是非、お知り合いや周囲の人たちに配って多くの人に読んでもらいたい一冊です

 なお花時計でも占領下、GHQは日本人に何をしていたか、をまとめてあります。こちらも是非ご覧下さいね~

「占領下の日本人改造計画」

http://www.hanadokei2010.com/faq_detail.php?faq_category_no=22

GHQによる検閲と焚書」

http://www.hanadokei2010.com/faq_detail.php?faq_category_no=105

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日本とトルコの友情秘話

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 トルコが親日国だということはよく知られています。しかしその理由として私が知っていたのは「日露戦争で日本が世界の大国、ロシアを打ち破ったから」ということでした。トルコにとってロシアは最大の脅威だったので、その脅威を日本が取り除いてくれたということです。それも間違いではないのですが、実はもう一つ、ある歴史的事実が原因にあったのです。このことを私は知りませんでした。それは日露戦争からさらに
10年以上前の明治23年(1890年)916日に起きた海難事故でした。

 トルコと日本の100年の時空を超えた友情の物語『エルトゥールル号の奇蹟』(PHP文芸文庫・920円)を読みました。著者は秋月達郎さんです。小説ですが史実を踏まえた歴史小説です。明治23年、トルコの軍艦エルトゥールル号が難破し、艦長を初めとする219名が死亡、行方不明者が362名という大惨事となりました。当時、日本とトルコの間には国交がありませんでしたがわずかな生存者を官民挙げて助け、明治天皇は軍艦を出して生存者をトルコに送り届けるという決断をされました。日本人は(私も含めて)このことをほとんど知りませんが、トルコでは親から子へ、子から孫へと語り継がれ「いつか必ず、日本人にトルコは恩返しをしなければならない」という認識を多くの人が共有していたのです。

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 この物語は昭和
60年(1985年)、イラン・イラク戦争のただ中のイランの首都、テヘランから始まります。イラクのサダム・フセイン大統領が「首都テヘランを含むイラン上空を飛ぶすべての国の航空機は31920時半を期して無差別に撃墜する」と宣言します。テヘランに住む外国人は一刻も早くイランを脱出しようと空港に殺到しますが、日本の航空会社はイランとの直行便から既に撤退していました。日本政府は邦人救出を試みますが、自衛隊機を出すことはできず、民間航空会社も組合の反対などで、結局飛行機を出すことが出来ません。期限とされた時間が刻一刻と迫る中、テヘランに取り残された日本人の間に絶望感が漂います・・・

 今も国会で「海外の邦人救出のために自衛隊を出すかどうか」という議論を相変わらず延々とやっていますが、そこで行なわれているのは「自衛官の安全をいかに保証するのか」という驚くべき議論です。危険な場所だからこそ軍隊が行くのに、その軍隊の安全が保証されなければならない? 意味不明です。これもすべて「自衛隊は軍隊ではない」という外国人には絶対に通用しない前提があるからです。それにしてもなぜ過去の事例にわが国は学べないのでしょうか? 憲法の制約があるのなら、なぜ憲法を変えないのでしょうか? いろいろ考えさせられる一冊です





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