マダムの部屋

愛国女性のつどい花時計代表でもあるマダムが思った事など書いています。

2016年01月

映画「杉原千畝」を見て思ったこと

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 去年125日に封切りされた映画「杉原千畝(すぎはらちうね)」を見ました。杉原千畝という名前を知らない人も多い中で、こういう地味な素材を取り上げて映画化したという点では評価できますが、もし杉原さんが生きていらしたら果たしてこの映画を見て喜ばれただろうか、と疑問を感じました。いや、もし杉原さんが生きていらしたらおそらく映画化されなかっただろうと思います。この映画には嘘があるからです。

 映画では「杉原領事は日本政府の命令に背いて」ユダヤ人6000人にビザを発給した、ということになっていますが、日本政府の命令に背いたわけではありません。満州に駐留していた関東軍もユダヤ人が満州を通って日本やアメリカに亡命することを助けていたわけで、それは政府の方針が「ユダヤ人を差別しないこと」だったと考えないと辻褄が合いません。

 大東亜戦争の最中の1938年、ナチスの迫害を受けた2万人近いユダヤ人がシベリア鉄道に乗ってソ連と満州の国境のオトポールというところに到着しました。零下20度というひどい寒さの中です。しかし、彼らは満州国への入国ビザを持っていなかったので、ソ連はユダヤ人をヨーロッパに送り返そうとしました。この時、ユダヤ難民の満州国入国を許したのは、関東軍の東條英機参謀長や樋口季一郎でした。当時、わが国はドイツと軍事同盟を結んでいました。今、アメリカと軍事同盟を結んでいるようなものです。にもかかわらず、ナチスドイツが迫害していたユダヤ人を守ろうとしたのです。本来、この事実こそ映画に描かれなければならないはずです。

 東條英機は大東亜戦争後、GHQによって開かれた「東京裁判」でA級戦犯として絞首刑に処せられています。その東條英機がユダヤ人を救っていたという事実はアメリカにとって知られたくないことでしょう。「東京裁判」の正統性が揺らぐからです。そもそも「東京裁判」とは裁判の名を借りた勝者による敗者に対するリンチでした。東條英機は開戦時の首相であったというだけで、アメリカの憎しみを買いました。日本にはヒトラーに該当する人物がいなかったので東條が選ばれただけです。

 この映画は「終戦70年記念企画」として日本テレビが制作しています。監督はアメリカ人と日系米国人の間に生れたチェリン・グラック氏。アメリカは戦後70年の節目に日本テレビを使って「東京裁判史観」=アメリカは悪くない、悪いのは日本史観を強化しようとした、というのは深読みしすぎでしょうか?

 映画では「杉原千畝は外務省を追われた」ことになっていますが、これも嘘です。すぐにバレるような嘘はつかない方が良いと思いますが


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夢の「超小型原子炉」

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 中国に住むウイグルの人々を除けば日本人は世界で唯一、原爆を落とされ、原爆の悲惨さを知っている民族です。想像を絶する苦痛の中でのたうち回りながら、虫けらのように死んでいった人たちに報いるために日本こそ核武装の議論を真剣にすべきなのに、現実はまったく逆です。原爆を落とされたのはまるで日本が悪かったかのように私たちは思い込まされています。核武装どころか、未だに原発に対しても多くの日本人がアレルギーを持っていてまともに議論すらできない状態です。しかし、北朝鮮までが核武装をしつつある現在、核や原子力について私たちは冷静に考えるべき時に来ています。

 原子力発電はエネルギーの安定供給のために必要です。原発をなくせば化石燃料を高く買わされます。石油メジャーを牛耳るアメリカにとっては日本が脱原発で石油や天然ガスに頼ってくれる状態は悪くないでしょうが、日本人にとっては電気代が上がって生活が苦しくなるわけです。でも地震や天災の多い日本で原発っていうのはやっぱり危険じゃないかな、と心配する方に読んでほしい本があります。『「超小型原子炉」なら日本も世界も救われる!―原子力と50年「服部禎男」大激白』(ヒカルランド・1600円)です。著者は作家、大下英治さんです。大下さんは服部禎男さんにインタビューをして、理想の原子力発電をめざして奮闘する服部さんのこれまでの歩みをまとめられました。

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 昭和
31年(1956年)、服部さんは名古屋大学工学部電気工学科を卒業し、中部電力に入社しました。1959年、東京工業大学大学院原子核工学修士課程を修了、60年、アメリカ・オークリッジ国立原子力研究所に留学されます。服部さんは静岡県御前崎市にある浜岡原発1号機、2号機の建設に関わり、高速増殖炉「もんじゅ」「ふげん」の建設にも関わられたそうです。しかし巨大で複雑で配管のお化けのような大型原子炉をなぜ建設するのか、ずっと疑問を持っていらしたそうです。大学院に在学中から服部さんは「直径1メートル以下の炉心なら安全」が持論でした。事故が起きると原子炉の温度が上昇するそうです。でも小さな炉心なら万一、事故が起きても温度が上がって密度が下がれば、中性子の多くが他の原子核とぶつからずに炉心の外へ飛び出します。炉心のサイズを小さくして中性子の漏れる量を多くすれば、連鎖反応は自然に止まるはずだ・・・服部さんは自分の考えを周囲の人に話しますが、周囲の誰もが「そんなことを言っていると、今に殺されるぞ」と真顔で忠告したそうです。なぜ「小型原子炉」のアイデアを主張してはいけないのでしょうか?

 安全で廃棄物もなく、燃料交換も運転員も必要ない。こんな夢の「超小型原子炉」を服部さんはついに発明しました。本来ならば日本政府は直ちに小型原子炉に切り替える方向に進むはずです。ところが実際にはそうはなりませんでした。小型でコストも安く上がる、ということはメーカーは大儲けができない、ということです。そしてなんと! 政府は大儲けしたいメーカー側についたのです。日本政府の関心事はエネルギーの安定供給でもなければエネルギーの確保でもなく、原子力という名目で大金を動かすことでした。

 戦後日本に巣くうエネルギー利権が明らかになる貴重な一冊です






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