東日本大震災の時、台湾が真っ先に救援隊の派遣を申し出てくれたことや、台湾の義援金の額が世界一だったことはまだ記憶に新しいと思います。台湾の人たちがなぜそれほどまでに親日的なのかーーそれは台湾と日本の歴史を知らなければ分かりません。台湾の近代史を知るにはこれ以上ないと言えるほど素晴らしい本があります。『台湾人と日本精神(リップンテェンシン)―日本人よ、胸を張りなさい』(小学館文庫・619円)です。著者は蔡焜燦(さい こんさん)さんです

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                  蔡焜燦氏 


 蔡さんの人生は波乱万丈です。蔡さんは昭和
2年(1927年)生まれ、今85歳です。1895年、日清戦争に勝ってわが国は清国から台湾を割譲されたわけですから、蔡さんが生まれた時、台湾は日本領土でした。蔡さんが通った小学校は台中県の清水というところにあり、当時「公学校」と呼ばれていた、台湾人児童だけが通う学校でした。朝鮮や満州、パラオなど、当時、日本が統治していた土地の現地児童が通う学校はすべて「公学校」と呼ばれていたそうです。これは日本語力にハンディのある児童に配慮したもので、決して「差別」ではないそうです。その証拠に清水公学校のレベルは非常に高く、当時、内地(日本本土)の学校にもなかった校内有線放送学習という授業科目がありました。童謡、浪花節、ラジオドラマ、神話、日本の歴史など、さまざまなレコードを有線放送で流し、児童はそれを備えつけのスピーカーで聞けたそうです。内地からやって来た琵琶法師が生演奏を聞かせてくれたこともあったというから驚き です。音楽の授業では名曲を聞くだけでなく、当時は高価だったハーモニカにドラムやクラリネットも加わってバンド演奏をしたりしたそうです。何だかとっても楽しい小学校だったようですね

 昭和16年に大東亜戦争が始まりましたが、台湾に陸軍特別志願兵制度が敷かれたのは昭和17年でした。ようやく正規の日本軍人になる道が台湾人にも開かれたということで、この志願兵制度が発表されるや約千人の募集に対してなんと約40万人の台湾人青年が殺到しました。志願者のなかには血書嘆願した若者もいたそうです。蔡さんも昭和18年の少年航空兵に志願し、合格しましたが軍政の都合で入校は昭和20年に延ばされました。岐阜の陸軍航空整備学校奈良教育隊に入校、訓練を受けている時、終戦を迎えます。

 
 戦後の蔡さんの歩んだ道のりは台湾の苦難の歴史と重なります。日本の敗戦と同時に台湾は中華民国に接収されることになりました。当初、台湾の民衆は「祖国復帰」という言葉に甘い期待を持っていました。日本の統治にことさら不満はなかったけれどもこれで「敗戦国民」から「戦勝国民」になれる、という喜びもあったようです。しかし大陸からやって来た中華民国軍
=中国国民党の兵士たちは天秤棒に鍋や釜をぶら下げて、ボロボロの綿入り服を着てわらじ履き、見るからにだらしない姿でした。軍隊といえば一糸乱れず威風堂々と行進する日本軍しか知らなかった台湾人たちは前途に不安を抱きます。

 その不安は的中します。それまで公用語だった日本語は禁止され、北京語を使うことが強いられました。北京語をほとんど知らない台湾の知識人や技術者は職につくことも難しくなってしまいました。蔡さんも北京語は上手ではなかったので、あまり言葉を話す必要のない体育の教師になりました。しかし、教育現場も日本時代とはすっかり変わってしまいました。生徒たちに無償の愛をそそいでいた日本人教師とは違い、中国人教師は平気で児童の親に賄賂を要求しました。落第しそうな生徒の親は教師に現金をわたし、進級させてもらう始末でした。教師だけではなく警官もちょっとした罪で市民を拘留しては賄賂を要求しました。つまり中華民国となった台湾はすべて、金がモノをいう社会に堕落してしまったわけです。

 

 昭和22年(1947年)228日、いわゆる「228事件」が勃発します。大陸からやって来て台湾の支配者におさまった外省人に対する台湾人たち(本省人)の不満が爆発したのです。この時、蒋介石は台湾の知識人、約3万人を次々と逮捕し、凄惨なリンチや処刑によって殺しました。この事件の全貌は未だに分かっていません。

 

日本の統治と中華民国の統治、二つの時代を生き抜いた蔡さんは中国人と日本人の違いとは「公」の観念があるかないか、だと言います。中国人には今も「公」という観念がありません。最近、話題になっている共産党幹部の汚職や不正などを見ても、彼らには私欲の追及しかないことが分かります。「公」の観念のない社会は腐敗します。蔡さんは日本の統治の中でもっとも素晴らしかったのは教育だ、と言います。教育を通じて日本人は台湾人に「公」の観念を教えたのです。しかし今、その先生であったはずの日本の学校教育は果たして「公」を教えているでしょうか? 国旗や国歌に対する敬意を教えているでしょうか? 台湾の南の都市、高雄にある東方工商専科学校では壁に漢文の教育勅語を今も掲げているそうです。台湾の人たちがそれほどまでに日本の教育を評価してくれているということを一人でも多くの日本人に知ってもらいたいです。

この本は「元日本人」蔡焜燦さんから現代を生きる日本人への激励のメッセージだと思います。