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 台湾の日本語世代(日本の統治下で生まれ、育った世代)を代表するお一人で、まさに「日本と台湾の架け橋」だった蔡焜燦さんが17日、台北市内のご自宅で逝去されました。90歳でした。心からご冥福をお祈りいたします。

 昭和2年(1927年)、蔡焜燦さんは台湾中部の都市、台中の清水というところで生まれました。当時、日本語がまだあまりできない台湾人の子供が行くのは「公学校」という学校で、蔡さんは「清水公学校」で学びました。日本が台湾を統治したのは1895年からですから、統治して30年位経った時、蔡さんは生まれた訳です。蔡さんの意識の中では何の疑いもなく「自分は日本人」でした。

 清水公学校で自分は素晴らしい教育を受けた、というのが蔡さんの自慢の種でした。どれほど素晴らしい教育だったか、というと清水公学校には正規の授業以外に課外授業があったのです。当時、台北の学校にもなく、それどころか本土の学校にもなかった最新式の校内有線放送設備が台中の田舎の学校に(!)設置されました。各教室にスピーカーが備え付けられ、毎日、校内放送で日本の昔話や偉人の話、勇ましい戦争の話、童謡、唱歌、民謡、講談などが流されました。蔡さんは日本の話芸や日本のメロディーをシャワーのように浴びながら育ちました。70歳、80歳になっても蔡さんが童謡や和歌、俳句などをそらで言えるのは公学校の情操教育のお蔭だったのです。

 昭和20年の敗戦と同時に清水公学校の設備は取り壊されました。日本統治時代の教育はすべて中国国民党政府によって「遺毒」として否定されました。しかし蔡さんは母校で教えてもらったことが懐かしく、忘れられず、晩年、私財を投じて「総合教育読本」というものを復刻しました。かつて自分が聞いていた昔話や講話や歌のレコードを活字に直して印刷して、本にして多くの人に配りました。それを私も一冊、蔡さんからいただきました。

 「総合教育読本」の目次を見ると驚かされます。私たち現代日本人が学校で習うことのない「真の日本人のための教育」が台湾の学校で(しかも初等教育で)行われていたことが分かります。日教組の先生がこれを見たら卒倒するような内容です。日教組の先生でなくても、普通の日本人でもおそらくこれは軍国主義教育ではないか、というような印象を抱くかも知れませんね。今の日本の教育がそれだけおかしくなっているのだと思います。

 蔡さんは見事な日本語を話されました。記憶力も抜群でした。日本語世代の方は皆さん、よく「日本精神」ということをおっしゃいます。日本精神を忘れてはいけないよ、という言葉を何度も何度もお聞きしました。蔡さんの書かれた『台湾人と日本精神―日本人よ、胸をはりなさい』(小学館文庫)は現代日本人の必読書だと思います。

 蔡焜燦さん、ありがとうございました

 

 

 

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