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 今年もまた815日に靖国神社に首相が参拝するのか、閣僚は何人、参拝するのか、などというニュースが流れました。「参拝賛成派」と「参拝反対派」に分かれて毎年、繰り広げられる、この不毛な議論は一体いつから始まったのでしょうか? 

 昭和20年(1945年)に敗戦し、わが国はGHQ(連合国軍総司令部)の占領下に約7年間、置かれました。しかし占領下でも幣原首相、そして吉田首相も靖国神社を参拝していました。昭和天皇はまだ街が焦土状態だった昭和201120日、靖国神社をご親拝されました。天皇、皇后両陛下は815日ではなく春と秋の例大祭に合わせて毎年、ご親拝になっていました。

 戦後の歴代首相の靖国神社参拝の数は吉田首相5回、岸首相2回、池田首相5回、佐藤首相11回、田中首相6回、三木首相2回。三木首相が初めて「私的参拝」という言葉を使い、それをメディアが「これは使える!」ということで、今日に至るまで首相や閣僚の参拝のたびに「公的参拝ですか、私的参拝ですか?」という不毛な質問が記者によって繰り返されるようになりました。英霊は自分のためではなく国のために(公的な任務のために)戦死したのだから、公的に参拝するのが当然です。

 福田首相は4回、参拝していますが、この福田首相の在任の時に「昭和殉難者」、つまり東京裁判で「戦犯」という汚名を着せられた方々14柱が靖国神社に合祀されました。そのことが報道されたのは昭和54年(1979年)419日です。しかし、中国は何もコメントを発表していません。

 大平首相は3回、鈴木首相は8回参拝しています。大平首相も鈴木首相も中国へ行っていますが、中国側は熱烈歓迎しています。この時点で「A級戦犯が靖国神社に合祀されていること」は日中の間で議題にすら上っていません。

中曽根首相は11回、参拝していますが11回目の参拝の時に異変が起きました。昭和60年(1985年)87日、朝日新聞の加藤千洋(ちひろ)記者が「中国が日本的愛国心を問題視している」という記事を書きました。815日に予定されていた中曽根首相の靖国神社参拝を牽制するためです。それでも中曽根首相は815日に予定通り参拝しましたが、826日、社会党の田辺誠書記長を初めとする訪中団が中国へ行って「こんなひどいことを放置していて良いのか?」と中国政府を煽りました。すると翌27日、中国の副首相、姚依林は政府の要人として初めて「中曽根首相の靖国神社参拝は中国国民の感情を害する」というコメントを発表しました。中曽根首相は翌年から靖国神社参拝を止めてしまいました。朝日新聞が種をまき、社会党がそれを大きく育てたのが「靖国問題」です。「慰安婦問題」とまったく同じ構図ですねぇー。

 そもそも首相や閣僚が靖国神社に参拝するのは当たり前のことであって、それがニュースになること自体が異常です。首相や閣僚が815日に参拝しなかったらニュースになる、というのが正常な状態です。

 今年の815日、靖国神社は朝から曇りで、昼過ぎから豪雨に見舞われました。滝のような激しい雨の中、本殿に参拝しようと並ぶ人の行列は途絶えることはありませんでした。ここ数年、靖国神社に参拝する若い人が目に見えて増えてきました。日本が危機にある時、国民は無意識のうちに靖国神社に足が向かうのではないでしょうか。

 

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