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 明治時代というのは、やはり「栄光の明治」と言うにふさわしい、素晴らしい時代だったんだろうと思います。欧米列強の横暴さや残虐さを知り、それに対抗しつつ国の独立を守って下さった先人がいたからこそ、今の私たちは日本人を名乗っていられるわけです。しかし一方では欧米諸国の文化こそが進んでいて、日本の文化は遅れていてダメなんだ、と思い込む人たちもいたようです。この人たちは、なぜか明治の前の江戸時代をあまり評価しません。

 しかし江戸時代というのは、明治とは別の意味でまた素晴らしい時代だったんだろうと思います。落語が好きな人は分かるでしょうが、江戸の庶民の暮らしというのは、今の私たちから見ても実に面白い、ユニークなものです。もちろん落語のネタがすべて事実とは限らないわけですが、それでも、まったくの嘘だったら話自体が組み立てられませんから、やはりある程度、事実だったんだろうと思います。

 落語のジャンルの一つが廓話、つまり遊郭の話です。男(たいてい大店の若旦那)が遊郭の遊女に入れ込んで店のお金を持ち出して勘当される話とか、遊女が嫌いな客を追い返すために、自分は死んだと言ってくれ、と廓の若い衆に言います。ところが客の男は「死んだんだったら墓があるはずだ。墓に案内してくれ」と言い出して、若い衆を困らせる話とか。そこで描かれる世界は決して遊女が悲惨な境遇で苦しむ話ではありません。遊女は客を断る自由を持っていたし、年季が明ければ自由の身になります。廓の外にまったく出られないわけでもなく、娯楽のない生活を強いられていたというわけでもありません。遊郭の客と遊女の関係は決して「人身売買」ではなく、金銭だけのつながりではなく、仮想恋愛、とでもいうような独特のものです。

 江戸の庶民文化の研究者であり、性風俗研究家の秋吉聡子さんが書いた『吉原の真実』(自由社ブックレット・700円)を読みました。「吉原の遊女はひどい環境や過酷な条件で働かされていた可哀そうな人たち」というイメージが、これを読むとガラッと変わります。まさに目からウロコがぼろぼろ落ちます。

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「旧日本軍は慰安婦を強制連行して性奴隷にした」という荒唐無稽な嘘話がなぜこれほどまでに市民権を得てしまったのか? それは、もともと「遊女の暮らしは悲惨なものだった」という先入観がかなり多くの人にあったからだったのではないでしょうか? では、そういうイメージはどのように醸成されたものなのか、ということに秋吉さんは「映画やドラマ、小説、漫画などの作り話が原因」だと書いていらっしゃいます。私自身もそういう作り話をけっこう信じていたので、この本は本当に勉強になりました。

 「慰安婦は性奴隷だった」と未だに信じている人に是非、読んでもらいたいです

 

 

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