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 韓国の貨客船「セウォル号」が沈没した「セウォル号事件」から416日で4年が経ちました。海底に沈んだセウォル号は引き上げられ、現在、内部の捜索が行われているそうです。乗客・乗員476人のうちなんと! 294人が死亡し、捜索作業員も含めると犠牲者が300人を超える(!)という大惨事でした。乗客・乗員の半分以上があっという間に死んでしまったのです。どうやったらこんなに犠牲が大きくなるんだろう、と不思議なぐらいです。特に乗客の多くが修学旅行で済州島に向かっていた高校生だったということで、まさに未曽有の大惨事と言っていいでしょう。しかし、なぜこんな大惨事になったのか、についてはよく分かっていないようです。

 事故当日はそれほど荒天でもなく、台風が来ていたわけでもありません。船がよほどオンボロだったのか、あるいは人災の可能性があったのではないでしょうか? 沈む船から真っ先に逃げ出した(なぜかパンツ一丁で)船長は逮捕され、取り調べを受けましたがその後、どうなったのかは不明です。亡くなった高校生の多くは船底の船室にいました。船はゆっくり沈んだのですから普通なら十分、逃げられたはずです。しかし、なぜか「その場から動かないで待機するように」というアナウンスが流れ、船室にいた生徒たちはじっと待っているうちに逃げ遅れてしまいました。乗客の誘導に不備があったことは間違いありません。

 これだけなら同情すべき事故なのですが、そこは韓国のこと、その後、この事故は日本人には到底、想像もつかないような展開を見せることになります。亡くなった壇園高校の生徒の親、つまり遺族が中心となって「セウォル号惨事家族対策委員会」という会を作ります。しかし、高校生の親たち以外の遺族は「一般人犠牲者遺族対策委員会」という会を結成します。なぜ同じ遺族がふたつに分かれて別々の会を作ったのか、は不明です。

 当時は朴槿惠大統領(今は囚われの身)が権力の座にいました。与党議員は保守系で野党議員は革新系(といえば聞こえはいいですが、北朝鮮寄りの人たち)でした。遺族たちは政府に謝罪と賠償を求め、精力的な活動を始めます。自分の子供が亡くなったことをいつまでも悲しんでいる日本人とは違って実にアクティブです。遺族たちはデモや行進などを行い、事故の調査委員会のメンバーにまで遺族が入って発言するようになります。

 「セウォル号惨事家族対策委員会」のメンバーは野党第一党だった「新政府民主連合」との接触を深めます。彼らは自分たちが遺族であることが何か特権であるかのように振る舞い「モンスターペアレント」ではなく「モンスター遺族」化します。そして与党が取りまとめた事故の特別法の合意案を批判し、撤回させたりします。韓国では「自分は被害者だぞ!」と大声で叫ぶと誰も反論できません。何しろ「元慰安婦」と称するお婆さんが今ではまるで英雄のような扱いを受け、トランプ大統領が訪韓した際の晩さん会にまで出席を許される国柄ですから。

 セウォル号事件が発生した時、朴槿惠大統領が大統領府に不在だった、という、いわゆる「空白の七時間」という問題も発生しました。当初は愛人と会っていたのではないか、などと取りざたされましたがその後、崔順実(朴大統領の親友で、今は囚われの身)と会っていたことが判明しました。このことが朴槿惠大統領弾劾の理由の一つになったことを考えると、このセウォル号事件の謎がますます深まります。果たしてこの事故は偶然の出来事だったのでしょうか?

 韓国ではすべてが政治なのです。それにしても浮かばれないのは亡くなった高校生たちでしょう。

 

 

 

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