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今年は明治維新から150年目に当たります。しかし明治の文豪、たとえば夏目漱石や森鴎外、樋口一葉などの作品を今、現代を生きる私たちは原文で読めなくなってしまっています。これは由々しきことではないでしょうか? 同じ日本語を書き、話す日本人でありながら、です。今は小説家であっても文語体も知らず、日本の古典も読まず、話し言葉そのままで小説を書いて、それでよしとしています。しかし文語文は日本の千年以上の歴史の上に成立したものです。戦前の唱歌や歌曲が格調が高く、リズムがあるのは文語文を知っている作詞家が書いているからです。自分が文語文で書かないとしても、教養として学ぶべきだと思います。

 カタカナ語の氾濫も目に余ります。女性雑誌は名前からしてほとんどがカタカナ語です。広告にもカタカナ語が氾濫しています。小池東京都知事は「クールビズ」「ダイバーシティ」などという言葉を一回の会見でいったい何度使うのでしょうか? 安倍首相の言葉の中にもカタカナ語が多いな、と感じることがあります。政治家が日本語を大切にしないのですから、あとは推して知るべし、です。

 自分の家の表札に漢字を使わずローマ字を出しているお宅が多いのにも愕然とします。「山田」と出さずに「YAMADA」、「斎藤」と出さずに「SAITO」と出しているお宅が珍しくありません。おそらくこういう人たちは「漢字は難しい文字だから外国人には読めないはずだ。だから誰でも読めるようにローマ字にした方が親切だ」と考えているのではないでしょうか? あるいは何も考えず、ただ「ローマ字のほうが格好がいい」「ローマ字の方がお洒落だ」と思っているのかも知れません。自分の名前に愛着がないのだろうか、と考え込んでしまいます。

 昭和35年(1960年)から国語問題協議会の会報『國語國字』の編集に携わり、評論家として活躍された土屋道雄氏の『日本語は命』(笠原書房・二千円)を読みました。土屋氏は『國語國字』の編集に携わる過程で歴史的仮名遣い(旧仮名遣い)や正字体(旧字体)を独学で学ばれたそうです。この本の中にもどうやったら歴史的仮名遣いで文章が書けるのか、という一章があります。「ええっ、難しそうだなあ・・・」とつい思ってしまいますが、慣れると意外に簡単に書けるそうです。

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 明治時代、西洋の文化を取り入れようと必死の努力をした日本人はローマ字というものが漢字に比べて数が少ないことに驚愕したそうです。しかし、そこで誤った言語観を持ってしまいました。つまり言語は進歩するもので表音文字(ローマ字)は表意文字(漢字)より優れている、という思い込みです。その思い込みが戦後の国語改革の方向性を誤らせてしまいました。

 数学者の藤原正彦氏は『祖国とは国語』という名著を書かれています。こちらも是非、読んでほしい一冊です!

 

 

 

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