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今上天皇のご譲位と新天皇のご即位の日が来年に迫ってきました。それに伴って新しい元号は一体、何になるのか、というようなことも徐々に話題に上っています。ところが、こういう節目の時になると、どさくさに紛れて日本を内部から解体しようという動きが必ず起きるのです。どこの勢力がやっているのか知りませんが。今回は官公庁の中から、公文書における年号表記システムの移行に伴って「元号と西暦の併記は煩雑だからやめよう」という動きがあるようです。西暦をやめるのではなく、元号をやめようというのですからこれは大問題です。元号という、日本古来のゆかしい伝統が今、消されようとしています。

 西欧列強の侵略から国を守り、独立を保つために明治政府は明治6年(1873年)に西暦(新暦・陽暦・グレゴリオ暦ともいう)を取り入れました。明治5122日の翌日を明治611日としたのです。それまではわが国は旧歴(陰暦)を使っていました。旧暦は季節の移り変わりと田植え、収穫など農作業の節目節目と合っていて、日本人の情緒の源ではなかったか、と思うのですが近代化のために明治政府はそれを思い切って新暦に切り替えました。国を守るためには仕方がなかったとはいえ、日本人の精神性は新暦に切り替えたことによってやはり変質したと思います。中国や韓国は今でも旧暦を使っていて、正月は大体、新暦の二月中旬頃になります。本来、これが季節の変わり目に合った暦なのです。

 西暦元年はイエス・キリストの誕生した年のことであり、キリスト教徒でもない私たち日本人がなぜ西暦を使わなければならないのか、抵抗を感じます。西暦と元号の併記が煩雑だ、と感じる人もいるかも知れませんが、それなら西暦を止めるべきです。イスラム教の国はイスラム歴を使っていますが、それを「煩雑だから」という理由で止めようとはしないでしょう。なぜなら彼らは自分たちがイスラム教徒であること(キリスト教徒ではないこと)に誇りを持っているからです。

 「明治」「大正」「昭和」「平成」という元号があることによってそれぞれの時代の天皇と国民の結びつきの在り方が時代の風景のような形で記憶に残ります。それが民族の記憶の蓄積になります。

 大東亜戦争に負けるまでは「紀元(皇紀)OO年」という言い方も残っていました。今年、西暦2018年=皇紀2678年です。日本は西暦が始まる600年も前に建国されたのですそれだけ長く続いているのです。敗戦によって「紀元00年」という言い方は消えましたが、天皇が即位されるたびに元号が変わるという日本独特の文化は絶対に消されてはならないものです。


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