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 今、アジア大会がインドネシアのジャカルタとパレンバンの二か所で行われています。ジャカルタはよく知られていますが、パレンバンという地名はあまり馴染みがありません。初めてこの地名を聞いた人も多いと思います。でも、実はパレンバンは大日本帝国陸軍ととってもゆかりの深いところなのです。 

 昭和17年(1942年)214日午前1126分、蘭印(現在のインドネシア)最大の油田地、パレンバンに日本帝国陸軍の空挺部隊が落下傘で降下しました。パレンバンは現在のスマトラ島にあります。部隊の目的は二つ、オランダ軍が造った飛行場と、その近くにある石油基地を占領、確保することでした。この日のために秘密の訓練を受けてきた隊員(そのほとんどはまだ幼さの残る若者)はジャングルの中に降下、敵の砲弾の中をかいくぐりながら二手に分かれ、飛行場と製油所を目指しました。

 このパレンバン攻略戦については戦後、語る人もなくすっかり忘れられていました。しかし昨年、ハート出版から『なぜ大東亜戦争は起きたのか?-空の神兵と呼ばれた男たち』という本が出版されました。パレンバン攻略戦に挺身第二連隊第四中隊の第三小隊長として参戦、最高殊勲をたてた奥本實中尉が生還して詳細な記録を残していたのです! この記録によってこの作戦が奇跡的な勝利を収めていたことも分かりました。この本については去年、拙ブログ「石油は日本の生命線」で紹介させていただきました。ある意味ではこの本の出版自体が奇跡のようなものです。

 自国の領土から石油が一滴も出ない、という状況は今も何も変わっていません。日本に石油を運ぶタンカーは南シナ海を通ってくるわけですが、中国が今、その南シナ海を中国の内海にしようと着々と手を打っています。もし南シナ海が公海でなくなったら、わが国のエネルギー供給はいったいどうなるのでしょうか? 

東日本大震災の前は30%程度あった原子力発電の稼働率は今、たったの1%です。もしかしたら今は大東亜戦争開戦前と似た状況なのかも知れません。

  76年前、石油を確保するためにパレンバンに命懸けの奇襲作戦を行った勇敢な若者たちがいたのです。そのことを考えながらアジア大会を見ると、いっそう応援に熱が入るのではないでしょうか。



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