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1022日、韓国の議員13人がわが国の領土、竹島(韓国では「独島」と呼んでいる)に上陸し、写真撮影などを行いました。日本政府は「竹島は日本の領土だ」と言いながら、自国の領土に不法に外国人が侵入(上陸)したというのに、いつものように口で抗議するだけです。菅官房長官は「まことに遺憾」としか言いません。いつも同じ対応です。ネットの中では「出たぁ~日本外交の最強兵器[遺憾砲]!」なんて馬鹿にされています。日本の「遺憾砲」なんて韓国人に通用するはずがありません。

 今回はたまたま議員団でしたが、韓国の大統領はここのところ三代続けて竹島に上陸しています。しかし昔は、さすがに大統領が竹島に足を踏み入れることはマズイ、という雰囲気(遠慮)があったのです。そこまで日本を挑発していいのか、という雰囲気が昔はありました。それを破ったのは李明博元大統領でした。この時は大きなニュースになりました。あれ以来、日本人の訪韓観光客はめっきり減りました。平和ボケした日本人でも、さすがに李明博の暴挙は頭に来たのです。

 さて、なぜ1022日に議員団が竹島に侵入したか、というと韓国側の主張によれば「1025日が独島の日だから」だそうです。えっ、なんで1022日が「独島の日」なの? これも韓国側によると「19001025日に大韓帝国が独島を管轄することを万国に宣言したから」だそうです。しかし、これはまったくの嘘、デタラメです。彼らが根拠にしているのは「大韓勅令第41号」というお触れのことらしいのですが、これは竹島のことではなく、竹島よりもずっと韓国に近い鬱陵島の管轄を万国に宣言したのです。現在の竹島は、鬱陵島の管轄範囲「東西が六十里で南北が四十里」よりも、はるかに東南、つまり日本側に位置しているのです。

 今の韓国人は漢字をほとんど読むことができません。「大韓勅令第41号」は漢字とハングル文字で書かれているので、おそらく今回の議員団のメンバーの中で「大韓勅令第41号」を読んで、理解できる人は一人もいなかったのではないか、と思われます。まあ、もっとも韓国人は歴史の真実など、どーでもいいのです。ただ竹島でにっこり笑って写真を撮って、支持者に見せたいだけなのですから。

 領土問題では、一度譲ったら次も譲らなくてはならなくなります。今、日本と韓国は竹島領有をめぐって争っているように見えますが、もともとは竹島ではなく鬱陵島をめぐって争っていたのです。いや、争うまでもなく鬱陵島は日本の領土でした。1618年、鳥取県米子の大谷甚吉、村川市兵衛の二人が江戸幕府の許可を得て鬱陵島を拝領しました。人が住めない、単なる岩礁である竹島と違って鬱陵島は面積も広く,一時は多くの日本人が住んでいました。しかし1693年、安龍福という朝鮮人が鬱陵島にやって来て、日本人の漁を邪魔して捕らえられました。

 李氏朝鮮政府は安龍福を処罰し、幕府に謝罪しましたが幕府は朝鮮との関係を考慮して1696年、鬱陵島への日本人の渡航を禁止しました。当時、鬱陵島でイカ釣り漁業で生計を立てていた日本人がいたにもかかわらず、です。これは何とも不可思議な譲歩でした。鬱陵島がかつては日本の領土だったことも今は忘れられ、当時は存在すら知られていなかった竹島が日韓の紛争の対象になっています。ここでまた日本政府が譲歩すれば、今度は竹島だけの問題では済まなくなります。そのうち韓国側は「対馬も韓国の領土だった」と言い出すでしょう。

 領土問題では一歩退いたら、次は二歩退くことになります。「どうせ人も住めない、単なる岩礁なんだからいいじゃない。韓国にあげればいいじゃない」などと、簡単に口にする人がいますが、そういう人は歴史を学んでいません。

 領土を奪われても何もできなければ、いずれは全土を奪われることになります。

 


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