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新しい年を迎えるお慶びを申し上げます 
今年も拙ブログをどうぞ宜しくお願い致します_(_^_)_

 

 一月二日、靖国神社に初詣に行きました。毎年、行くたびに参拝客が増えるようです。本殿の前にずらっと並ぶ人の波、波・・・・・! 凄いなあーー! 二日でこの人出ですから一日はどれぐらい来たんでしょうね。東京の神社の中では明治神宮がもっとも正月の参拝客が多いそうですが、靖国神社もなかなかのものです。夕方、風邪もかなり冷たくなったのに帰ろうともしない参拝客の皆さん。若い人が多いっていうのもいいですね。

 靖国神社のような有名な神社でなくても近所の小さな稲荷神社でもけっこう人が来て、手を合わせています。正月に限らず、年中、人がいるようですが、それにしてもなぜ日本人は神社に行って手を合わせるのでしょうか? 「日本人には信仰心がない」なんて平気で言う人がいますが、ではなぜ神社でお賽銭を上げたり、手を合わせたりしているのでしょうか? 実は私にもよく分からないのです。いわば、日本人のDNAのなせる技なのか・・・・・

 日本国憲法には「政教分離」という項目があって、日本を貶めたい、神社を貶めたい、あるいは戦前の日本を否定したい人たちはよく、この「政教分離原則」を持ち出します。つい最近、秋篠宮殿下が「大嘗祭」の経費を「宗教色が強い面があるので国費から支出するのはいかがなものか」という趣旨の発言をなさったのも、憲法の条文との兼ね合いに気を遣われたのではないか、という気がします。しかし、日本国憲法の「政教分離」というのはGHQがアメリカ合衆国憲法にあった条文をそのまま日本国憲法に入れたものです。キリスト教が国教であり、教会が絶大な権力と財力を持つアメリカの憲法の条文をそのまま移植したわけですから、日本の実情に合うはずがありません。アメリカ合衆国憲法に「政教分離」が入っているのは、キリスト教の特定の宗派が優遇されたり、政治的力を持ったりすることを警戒するものであって、日本にはもともと関係のないものです。

 皇室の祭祀に国費を使うことの是非については、既に最高裁で「違憲ではない」という判決が出ています。首相の靖国神社参拝に関しても左翼が何度も「違憲じゃないかぁ~!」と裁判を起こしていますが、最高裁で「違憲ではない」という判決が確定しています。そもそも、神道は宗教と言えるのでしょうか?

 神社には遺骨もなければ位牌もありません。ご祭神はそれぞれの神社によって違います。キリスト教やイスラム教徒から見たら、これほど奇妙な「宗教」はありません。一神教の神は唯一絶対神なのに、日本にはいくつ神がいるか分からないぐらい、たくさん神がいるのです。山にも海にも野原にも神がいるのです。実に不思議な考え方です。

 ヨーロッパやアメリカに行くと分かるのですが、一神教の神様というのは人間を縛り、支配するものです。神の教えに背いたら罰を受けるという恐怖心があるので、人々は熱心に教会に通います。しかし神道の場合、神社に行かなくても何も罰を受けることはありません。神道には守らなければならない教義もなく、やってはいけないというタブーもないのです。いい加減、といえばこれほどいい加減な「宗教」もないでしょう。

 神道はキリスト教が生まれるよりずっと以前からあるのです。日本人が自然を敬い、自然を畏れる心が神道になったのだと思います。自然を敬う心、祖先を敬う心は誰にでも自然にあるものですから、原始時代から普通にあったのではないか、と思います。それが二十一世紀になっても途絶えないのが日本の凄さです。

 混迷を深める時代ですが、今年はなるべくたくさん神社にお参りしたいと思います。

 

 

 

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