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81日、参議院議員選挙後、初の国会が開かれます。今回、「れいわ新撰組」から比例代表で当選した二名の身体障害者が登院するために、国会の議場のバリアフリー化が進められているそうです。これまでも身障者の国会議員はいましたし、なかには優秀な方もいたことでしょう。しかし、今回「れいわ新撰組」から立候補して当選した二名の方は(テレビの画面で見る限り)相当、重度の障碍者のようです。この方たちが国会に行って発言できる可能性は事実上、ないでしょう。議場で起立すらできないのですから。政治家というのは言論によって自らの信条を主張し、行動力も人一倍求められる職業です。「特定枠」を利用して(悪用して)事実上、政治活動のできない身障者をあえて立候補させた「れいわ新撰組」の狙いは一体、どこにあるのでしょうか?

 二名の身障者は国会で発言するどころか、登院することすら介助者が必要だそうです。国会はその介助者の付き添いを認めざるを得ません。長時間の議事の間、その介助者はどこで待機しているのでしょうか? おそらくは、これが「れいわ新撰組」代表である山本太郎氏の狙いであると思われます。山本太郎氏は今回の選挙で自分は落選しましたが「介助者」としてなら国会に行くことができるのです。元国会議員の山本氏は自分の存在のアピールの仕方を知っています。当選した二名の身障者は山本氏が「人権を大切にする優しい人である」というイメージアップのために、また政治的野望のために利用された、ということでしょう。

 今回の「れいわ新撰組」の戦術を見事だ、と称賛する人もいるでしょう。しかし私は、元慰安婦のお婆さんを自分たちの政治的野望のためにさらし者にした、韓国の政治団体「挺身隊問題対策協議会」がやったことと、今回、「れいわ新撰組」がやったことは同じだと思います。一見、弱者に寄り添うように見せかけながら「挺身隊問題対策協議会」の活動家たちは元慰安婦のお婆さんのことなど全く考えていませんでした。身寄りのないお婆さんたちの寂しさに付けこみ、さも味方のような振りをしてさんざん利用していました。目的のためなら人を利用することなどなんとも思わないのは共産主義者の特徴です。利用価値がなくなれば即座に捨てるのが彼らのやり口です。

 今回「れいわ新撰組」に投票した人たちはおそらく純粋な人たちが多かったでしょう。しかし、「れいわ」は日本の新元号です。そもそも自国の元号をたかが一政党の名前につける(しかも「令和」ではなく「れいわ」で)という発想が私には信じられません。これは元号に対する侮辱であり、日本の歴史に対する冒涜です。選挙管理委員会は政党名に元号をつけるなどという不埒な輩が二度と出ないように、これを機会に政党名に規制を設けるべきです。

 また戸籍名ではない名前(芸名、通称など)での立候補も禁ずるべきです。これをやれば、タレントや俳優、歌手などが当選することを阻止できます。そもそも、親につけてもらった名前で公職に就くのが当たり前なのに、そんな常識すら今の日本人は失ってしまったのでしょうか? 自分の名前の「漢字」をひらがなに直す候補者が多いのですが、これは有権者に対する侮辱です。もし、よその国の選挙でこんなことをやったらその候補者は逆に当選できないと思うのですが。

 今回の参議院議員選挙では日本の選挙制度そのものが形骸化しているなあ、と感じました。選挙制度は古くて陳腐、立候補者には人間的な魅力がない。野党には政策がない。だから結局、自民党が勝つ。今回の選挙結果は自民党に対する有権者の消極的な支持に過ぎないと思います。

 

 

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