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117日、衆議院安全保障委員会&参議院外交防衛委員会で面白いやり取りがありました。河野防衛大臣に対して前原誠司議員が質問した時のことです。前原議員は「114日、大臣はワシントンのCSISで講演をなさいましたね?」と確認し、その講演の中の一部の日本語訳(河野大臣は英語で講演したが)を引用しました。河野大臣は講演の中で「この春、私たちは習近平中国国家主席を国賓としてお迎えすることを計画しています。」と言ったあと、中国の南シナ海での傍若無人な振る舞いや尖閣諸島に毎日のように武装した中国船が侵入していることに触れたそうです。そして「中国はこの状況を改善するために努力する必要があります。そうしたことが改善されなければ、良い環境での訪問にはなりません」というようなことを言ったそうです。この発言は重要だし、アメリカで発言したということにも意味があります。

 河野大臣は前原さんの質問に答えた後、さらに大事なことを言いました。「先般、北京で中国の国防大臣とお会いした時、習近平国会主席の国賓来日に向けて、しっかりと世論をコントロールする必要がある、と言われました」と暴露したのです。いくら中国に言論の自由がないからといって、日本の防衛大臣に向かって中国の国防大臣が「日本政府は国内の反対世論をしっかりとコントロールしなさい」と暗に要求した、というか、モロに要求したのです。これは内政干渉であり、日本を完全に舐めた発言です。こんな大事なことを日本のメディアは報道したのでしょうか?

 中国の国防大臣に向かって河野さんは「日本には報道の自由があり、SNSでの自由な発言などもあるので、日本としては世論をコントロールできない。だから中国がこの状況を改善するように努力してほしい」と反論したそうです。河野さんが即座に反論したことは心強いですが、それにしても中国という国の恐ろしさを改めて思い知らされます。一党独裁が当たり前、世論なんかいくらでもコントロールできると考える人たちを相手に「日中友好」なんてあり得ないでしょう。

 1989年6月、中国政府は天安門事件で世界中から非難を浴びて経済制裁を食らいました。その状況を打開するために中国側は何とか日本の天皇を訪中させなくてはならない、と考えました。しかし、当時は自民党の中に「親台湾派」がかなりいました。その代表格が竹下派会長の金丸信でした。中国側は1990年、金丸氏を中国に招いて「熱烈歓迎」しました。金丸は江沢民に会い、中国に対する好印象を持ったようです。中国人の甘い言葉に日本の政治家がいかに弱いか、よく分かります。

 結局1992年、天皇陛下と皇后陛下(現在の上皇と上皇后陛下)は初めて中国を訪問なさいました。それによって中国を見る世界の厳しい目が緩和されたことは確かなようです。元中国の外務大臣、銭其琛が回顧録『外交十記』の中で「天皇訪中は西側諸国の経済制裁を打ち破る、最良の突破口だった」と暴露しているからです。天皇は本来、政治とは無縁の存在でなければならないのに、実は中国の政治カードとしてしっかりと利用されてきたのです。このような失敗をわが国は二度と繰り返してはなりません。

 国賓でお迎えする、ということはどういうことでしょうか? 安部首相だけでなく天皇陛下がお会いする、ということです。宮中晩さん会が開かれ、皇族方もそのために正装してお出ましになる訳です。しかし、なぜ外国の政治家や権力者をお客様として皇室がおもてなししなければならないのでしょうか? 天皇は政治的な発言はできないし、外交官でもありません。何かが決められる訳ではありません。会ったところで日本側には何らメリットはないのです。会いたいのは中国側です。世界最古の国の天皇に会って、箔をつけたいのは中国側なのです。

 国賓でお迎えするのに習近平という人物は果たしてふさわしいのか、ということについて私たちはよく考えなければなりません。日本の天皇は祭祀を執り行う神道の大神主です。それなのに習近平はチベット仏教やイスラム教、キリスト教といった宗教を弾圧し、少数民族を迫害し、香港では民主化デモを武力で鎮圧しています。今、世界でもっとも危険な独裁者と言えるのではないでしょうか?

 外国人を国賓で迎える際の基準というものがよく分かりません。こんな人物を国賓で迎えることに私たちの税金が使われてよいとはとても思えません。

 

 

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