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 秋篠宮家の長女、眞子内親王殿下と小室圭氏が今年中にご結婚なさることが発表されました。お二人はアメリカに渡り、生活なさるそうです。御結婚に関わる皇室儀礼は一切、行われないそうで、天皇・皇后両陛下に対する「お別れの御挨拶」も行われないそうです。二千年以上の皇室の歴史上、かつてない異様な結婚であることは間違いないでしょう。このニュースを聞いて、皆さんはどのような感想を持ったでしょうか?

 小室圭氏のような問題のある人物を選んだ眞子内親王を非難する人もいますが、私にはただ御いたわしいという気持ちしかありません。本来ならひとも羨む結婚が約束されている皇女でありながら、眞子様は異国で新婚生活をスタートさせるのです。言葉や生活習慣が違う国で悩みを打ち明ける家族や友人もいない環境で、これからの人生を送るのです。頼るべき夫は、浪費癖のある母親を持つ小室圭氏です。何不自由ない環境で暮らした30年間から、まったく違う環境に飛び込むのです。どんなに苦労なさるでしょうか。

 敗戦後、日本を占領したGHQはすぐに皇室を潰すことよりも、時間をかけてじわじわと弱体化させる戦略を選びました。昭和天皇の弟宮たち以外の皇族を「臣籍降下」、つまり皇族の身分を剥奪して平民にしてしまいました。その方たちが最近、話題になっている「11宮家」です。日本の皇室の拠り所は血統の正統性ですから、この方たちは血統的に皇族の資格があります。皇室の尊厳を守るためには、この方たちに(そのうちの一部の方を)皇族に復帰していただいて、親戚を増やしてゆく必要があります。それも早急にしなければなりません。なぜなら今回と同じような事が佳子内親王のご結婚にも、さらには悠仁親王のご結婚にも起きないとは言えないからです。

 日本国憲法第24条には「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し・・・」とあります。しかし、結婚生活というものはそんな簡単なものではありません。恋愛感情などは短ければ数年で消滅し、あとには現実の生活が残ります。「釣り合わぬは不縁のもと」という言葉があります。生まれ育った環境の中で培われた価値観や美意識、例えば人との付き合い方や金銭感覚の違いなどが徐々に表面化することが予想されます。私たち庶民は夫婦喧嘩することも離婚することもできますが、眞子様には「離婚して実家に帰る」ということは事実上、できません。アメリカのマスコミの興味本位な視線の中で、日本の元皇族という品位を保ちながら暮らすことは並大抵のことではないと思われます。

 日本国憲法第一条に「天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」とあります。「主権」は天皇にあるのではなく、日本国民にあるとされています。だから国民はまるで評論家のように、天皇の良し悪し、皇族や、その結婚相手の出来不出来を論評できるのです。国民の総意が皇室を否定すれば、皇室は存在できなくなるかも知れません。これはGHQが皇室を潰すための時限爆弾を仕掛けた、ということでしょう。今の皇室の状態を見ると、この時限爆弾が実に効果的だったことが分かります。皇室を存続させるためにまず、この日本国憲法第一条の「この地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」という部分を削除すべきです。

 戦後の日本では「開かれた皇室」という美名の下、皇族方のプライバシーを守る歯止めが外されました。戦前にはあった「不敬罪」はなくなり、本来なら皇室を守るべき宮内庁がきちんと仕事をしません。彼らはあまり旨味のない、宮内庁という役所に回されたことを不満に思っているのか、週刊誌にあることないことを漏らしたりします。どこの国でも週刊誌というものは大衆の嫉妬や憎悪を煽るものかも知れませんが、それにしても今回のご結婚をめぐる週刊誌報道は目に余るものでした。劣悪な週刊誌報道を規制する何らかの法改正が必要でしょう。

 私を含めて、戦後の日本人は皇室とは何か、皇族とはどのような方たちなのか、について学校で教わっていません。メディアは一見、皇室を敬うように見せながら皇室の弱体化にせっせと務めています。今はもう、新聞も皇室に関するニュースにほとんど敬語を用いなくなりました。国民が皇族を芸能人かタレントの一種のように考えるのも、あるいは仕方がないのかも知れません。

 このまま「開かれた皇室」を放置しておけば、あと何十年か後には皇室は存在していないかも知れません。