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 4月から高校で使われる歴史教科書に「従軍慰安婦」という言葉はもうありません。昨年(令和3年)427日、菅内閣のもとで二つの閣議決定が行われました。一つは「『従軍慰安婦』または『いわゆる従軍慰安婦』という用語を用いることは誤解を招く恐れがあるから不適切だ」というもの。もう一つは「先の大戦中に朝鮮半島から内地へ労働者が移入した件については『強制連行』または『連行』ではなく『徴用』を用いることが適切だ」というもの。この閣議決定によって、教科書会社はそれまでの記述を訂正しなければ教科書検定に合格しないので、急遽、訂正を行いました。たとえば実教出版の教科書は以前の「日本軍慰安婦制度の犠牲となった韓国人女性」→「『元慰安婦』の韓国人女性」と直しました。左派教科書の代表格のような東京書籍は「朝鮮や台湾からも労働者が日本に移住させられたり、また連行されたりして働かせられた」→「朝鮮や台湾からも労働者が日本に移住させられたり、強制的に動員させられたりして働かせられた」と、苦しい言葉の置き換えをやって検定の合格を勝ち取りました。そもそも当時の朝鮮も台湾も日本の領土なのですから、まずそのことを書かなければなりません。こんなデタラメ教科書の文を読んだ生徒は何が起きていたのか、実際にはまったく理解できないでしょう。このように、日本の近代を扱う歴史教科書は、ここ30年、中国や韓国の顔色ばかり窺う左派学者と活動家と事なかれ主義の政治家の都合によって、生徒不在の30年が延々と続いていたのです。

 1993年、当時、内閣官房長官だった河野洋平氏が出した「河野談話」から3年後、1996年の検定に合格した中学の歴史教科書すべてに「従軍慰安婦」という言葉が載りました。戦時中にはなかった、戦後、捏造された言葉がよりにもよって中学の教科書に載ったのだ。こんな用語をなぜ中学生の頭に刷り込む必要があるのか、正そうとする学者はいなかったのでしょうか。しかし韓国と日本の左派メディア、学者やジャーナリストが長い年月をかけて行ってきた工作活動が成功し、日本政府のお墨付きを得たのです。

 しかし、この事態に危機感を抱いた民間有志が「新しい歴史教科書をつくる会」を立ち上げました。そして、2005年には「従軍慰安婦」という言葉は完全に中学の歴史教科書から姿を消しました。にもかかわらず、令和元年度の中学校歴史教科書検定に初参入した山川出版社が再び「従軍慰安婦」という言葉を、無理無理、復活させたのです。この山川出版の後ろにいたのは、おそらく文科省の赤い官僚だったでしょう。

 「従軍看護婦」や「従軍記者」という言葉があったことはよく知られています。「従軍看護婦」は軍属の身分で、それぞれ軍人としての階級を持っています。婦長さんなどは、軍曹を叱ることができるほど偉かったのです。従軍看護婦に選ばれることは当時の看護婦の名誉でした。しかし、「従軍慰安婦」という言葉からは、当時の日本人が軍に対してどういう感情を抱いていたか、という子供たちに伝えるべき時代背景がすっぽりと抜け落ちています。戦争というもの、戦地というものに対して今の子供たちはただ単に「暗い時代だった」「間違った戦争だった」という負の概念しか持てないでしょう。子供たちに対して本当に罪深いことを学校教育はやってきたのです。

 一つ、明るいニュースがあります。韓国の時期大統領になることが決まった尹錫悦氏が、この日本の歴史教科書の記述に対して冷静な態度を今のところ、取っていることです。これまでの韓国の大統領は、自らの思想に関係なく、みんな日本に対しては高圧的に説教を垂れる癖がありました。韓国の国民が、韓国のメディアがそれを喜ぶからです。しかし、さすがにもう慰安婦問題をネタに日本をゆすることはできない、というのが尹錫悦氏の判断なのでしょうか?

 結局、慰安婦問題は30年かけて、日本人の自尊心を傷つけ、日韓関係を悪化させただけでした。日本にとっても、もちろん韓国にとっても何も得るものはありませんでした。しかし北朝鮮や中国にとっては便利なカードであり、それだけになかなか手放せなかったのだと思います。