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 中国・北京の天安門広場を埋め尽くしていた学生や一般の中国人を戦車で押しつぶし、銃を乱射して虐殺した、いわゆる「天安門事件」。198964日の、あの惨劇から33年が過ぎました。202264日の天安門広場は厳重な警戒の下、しんと静まり返っていたそうです。この事件で殺された学生たちを追悼する行事が毎年、多少は自由のある香港で開かれていましたが、去年からその追悼行事を香港ですることもできなくなりました。そこで去年から東京で有志による追悼式典が開かれています。

 64日午後2時、文京区民センターで「六・四天安門事件33周年抗議集会~天安門虐殺を忘れるな~」が開かれました。33年前、天安門広場で中国共産党に対する抗議活動をやっていた学生たちのリーダーの一人である周鋒鎖氏がオンラインで参加し、「崩壊へ向かう中国共産党と経済」というテーマで講演をなさいました。当時、学生だった人たちも今は50代。彼らの人生は中国を民主化するという目的のために費やされたのです。同じくリーダーの一人だった陳破空氏はこの集会のために来日し、「天安門事件を中国共産党は決して忘れていない。自分たちの犯したことを決して忘れてはいないはずだ」と語りました。

 33年といえばオギャアと生まれた子供が成人して、子供を持つだけの時間です。それだけの時間をかけても中国社会を民主化することは結局、できませんでした。いや民主化どころか、果てしない軍拡をして周辺の国々を武力で脅かしたり、武漢から怪しげなウィルスをまき散らして世界を恐怖のどん底に落としたりと、その悪行は留まるところを知りません。今の中国共産党はまさに人類の敵といっても過言ではありません。豊かになっても民主化できなかったのですから、これからも民主化することはないでしょう。ならば、中国共産党の暴走に日本はストップをかけなければなりません。それがアジアの民主主義国家である日本の責務ではないでしょうか?

 学生たちの民主化を求める声を武力で押しつぶした中国は欧米諸国から非難され、経済制裁を受けて窮地に追い込まれていました。この苦境を打開しようと、したたかな江沢民は日本に泣きついて来たのです。西側諸国の中で日本がもっとも与しやすいと読み、日本に接近してきました。その戦略に当時の宮澤首相はひっかかり、なんと天皇陛下(今の上皇)に訪中を御願いしたのです。天皇の政治利用は絶対にしてはいけない事です。しかも、自国民を弾圧している国を助けるために天皇にお出ましを願うなど、不敬だし売国的な行為です。天皇陛下が訪中なさったことで欧米諸国も中国に対する厳しい態度を緩和することになり、中国は息を吹き返しました。中国の戦略に日本は完敗でした。

 もしあの時、欧米が経済制裁を厳格化していたら、もしかしたら中国共産党の一党支配は終わっていたかも知れません。中国の独裁化や覇権主義に歯止めをかけることができたかも知れません。中国は今のようなモンスターにならなかったかも知れません。そう考えると、日本も天安門事件後の処理を誤ったために、自分で自分の首を絞める結果を招いてしまったのです。判断力のない政治家を首相に戴くのは本当に怖いです。奇しくも岸田首相は宮澤首相と同じ宏池会なのですが・・・・。

 習近平は最近、自国の民間企業を潰したり、上海のロックダウンを行なったりしています。その結果、中国経済は明らかに勢いを失っています。外資が中国から逃げ出しているようです。共産党内部の権力闘争も何やら激化しているようです。日本企業はさっさと中国から脱出しないと、そのうち逃げられなくなるかも知れません。

 私たち一般国民にもやれる事があります。来る参議院議員選挙で中国の影響下にある政治家に投票しないことです。誰が中国から賄賂を貰っているのか、誰が中国に媚びを売っているのか、政治家の過去の言動をしっかり見極めましょう。