東京の銀座で開催されていた「UN‐PRINTED MATERIAL」展を見てきました。佐藤オオキ氏が代表を務めるデザインオフィス、nendo(ネンド)が「紙」をテーマに開催した展覧会です。
「ポスターのないポスターの展覧会」というアイデアから生まれた作品が多数展示されていました。針金のような細い素材だけを用いて作られていて、紙を使わずに紙を表現するという面白い試みです。
会場には、ポスターのような大きい紙を表現した作品と、メモ帳やノート、書籍・雑誌のような小さいアイテムを対象にしたものがありました。いずれも細い素材で紙の輪郭から紙の様々な表情を捉えたものです。
折ったり、曲げたり、丸めたり、破ったり、焼けたり、めくったりするなど、柔軟に形を変える紙の素材感が作品の中に溢れていました。
また、照明によって生じる影を効果的に生かして輪郭に見せたり、紙の厚さを感じさせるなど、表現が重層的で一つ一つの作品に奥行きの深さを感じました。
作品はすべて輪郭を捉えて紙の存在表現したものなので、文字や絵や写真、色などは一切ありません。通常にあるような紙を使用したグラフィックデザイン
の作品とは一風変わっています。「紙」という素材に対する現代的な意味を根本から見つめなおすような機会にもなりました。
書籍や雑誌など、コンテンツを載せたプリントメディアは凋落傾向にありますが、一方で手帳などパーソナルな時間管理ツールは依然支持されています。ひと頃、電子辞書が人気を集めましたが、ここにきてまた紙の辞書に回帰する傾向も見られるようです。電子機器が隆盛にあるなかでも、依然、「紙」の持つ利点は揺るぎないように思います。
今回の展示作品を見て、今の時代に「紙」という素材がどのような価値を持ち得るのか、改めて考えてみました。
ひとつのポイントは紙の「手触り感」にあるように思います。展示作品にもあるように、紙には形状を変えるしなやかさがあります。強く折ればくっきりと折り目が付き、薄い紙であれば角を指で軽く持ち上げても離せばすぐ元に戻ります。私は読書する時に、よく指でページの角をめくるように軽くはじいてみたりすることがあります。元に戻る時の「ピシャッ」という音がいいですね。紙どうしが擦れる音も好きです。単調な時間の中に何か違ったリズムを挟むような感じがあって快適なのです。また、作品ごとに紙質が微妙に異なっているところにも興味があります。文庫本の柔らかくてソフトな感触もいいし、単行本のように厚みのある少し硬い感じも好きです。
本を手に持ちながらページをめくりながら読み進めていくことで、頭が活性化されてくるような気がします。やはり身体と脳は深い関係にあって、紙の滑らかさをなぞる指先の感触は思考にも良い影響を与えているのでしょう。身体が覚えていくというか、記憶が深化していくというような、自分の思考が磨かれていくように感じることがあります。
展示作品は、コンテンツなしで紙の存在そのものを浮かび上がらせたものです。紙というメディアが持つ可能性を再度問うているように思いました。「UN‐PRINTED(印刷していない)」というテーマには、プリントされているけれども何も見えていない、見られていないという現象と、一方では、何も印刷されていないけれどもその向こうに見えるものがあり、見たいものを想像するという、両面の関係を探る試みがあるのではないかと考えました。
「紙」というアナログなメディアは、形こそ変わるかもしれませんが、そうそう簡単に表舞台から引き下がるほど脆弱なものではないと思っています。これから先も、私は1冊のノートを自分の手のなかに握りしめていたいですね。