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「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」展を見ました。
タラブックスは南インドのチェンナイにある小さな出版社です。芸術的な美しい本を一冊ずつ手作りで製作しています。

手漉きの紙にシルクスクリーンで刷る製法で本を作っています。紙を綴じる工程も職人が針と糸を使って行っていて、すべてがハンドメイドです。注文してから手にするまでに半年以上かかるそうです。美しい本を作るためには手間を惜しまない丁寧なものづくりに世界中から賞賛が寄せられています。

展示品には、油彩画、水彩画、美しい装丁の書籍のほか、天井近くまでの長さがある巻絵などもありました。どれもみな鮮やかな色彩と独特のデザインで描かれていて、うっとりしてしまうものばかりでした。
木や動物や蛇など、日常的に接している自然をモチーフにした作品が多く見られました。



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入場券です。魚のうろこがとても細かく描かれていて美しいです。



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「夜の木」という作品を用いた展覧会のカードです。鳥と木が一体になたような絵柄です。木は鳥たちにとっては住み家であり、食料を得る源であり、寛ぐ憩いの場所でもあります。互いになくてはならない存在として、身体の一部になっているのでしょう。
この書籍はボローニャ・ラガッツィ賞優秀賞を受賞しています。

解説文にこう記されていました。
「インド中央部に暮らすゴンド族の人々にとって、木は再生と成長の力の象徴であり、動物、鳥、植物、人間などとともに描かれる」

代表者であるV・ギータさんは次のように話しています。
「例えば私がチェンナイのココ椰子の木を思い浮かべるとき、木のこと、ココナッツのこと、そのココナッツでつくる食べ物のことを考えます。ココナッツオイルのことも。木はあらゆる連想の中心になるのです。民族芸術家たちにとって、アートとはつまり、気の向くままに連想を拡げていくことなのです」

自然のなかでも木は特別な存在なのですね。動いていないように見えて、実は変化している神秘的な自然への畏怖を表しているように感じます。



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猫をデザインした絵です。しっぽがヘビみたいに見えます。他の作品にも、このようなくねくねした曲線が多く見られるのですが、蛇の動き方に触発されて思い浮かんだ形なのかなという気がします。



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上目使いのとぼけた表情がかわいいですね。



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体が細かく描かれています。編んだ布を着ているみたいです。色彩も鮮やかです。このような緻密な表現はインドの人々の優れた数学的才能と関係があるように感じます。細かい線一本一本まできっちりと描き込まれていて、ひとつの線も無駄がないかのようです。これはすべての存在に意味があって繋がっているという円環的な考え方にも通じるところがあるように思います。

悠久な自然とともに暮らす日常の中で、あらゆる感覚を生かしながら生活しているからこそ感じられる、体の隅々までが有機的なつながりをもったものであるという、命の鼓動の表現のようにも感じます。

自然と寄り添う生活から生まれた感性が、大胆でありながら繊細で緻密なアートを生み出すのでしょう。



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タラブックスのオリジナルノートです。
勇壮で荒々しく、大きな躍動を感じるデザインです。自然の動き、時間の流れが詰め込まれている感じで、自然の移ろいを想像的な世界で表現したものと言えます。大らかさに溢れていますね。



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このノートに使われている紙は、書籍の製作で刷り損じになった部分を使用しているそうです。手漉きの紙に触れる機会などそうそうないので、どんな書き心地なのか体験してみたいですね。



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スケッチブックなのですね。
小文字の「tara」と大文字の「NOTES」が同じ高さになっています。普通は「NOTES」の文字のほうが高くなるはずですが、面白いです。



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二本の流れる様な曲線は川でしょうか。あるいは鉄道の線路かな。はたまた想像の世界の、天空につながる道といったところでしょうか。



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「ゴンド芸術は知的かつ詩的で、複雑な横線と見事な構図を特徴としている」と解説文にありました。
これだけ繊細な線を縦横に描いても、全体として調和がとれているように感じられるのは不思議です。

タラブックスを運営している、ギータ・ウォルフさんとV・ギータさんは、会社を大きくしようとは考えておらず、どんなに手間がかかったとしても美しい本を作ることにこだわっています。

「本は読むだけのものではなく、本そのものがインスタレーション、ひとつの独立した作品でもあるのです。絵、言葉、内容に基づいて本の形状に趣向を凝らし、芸術作品としても価値ある本を作ってきました」

この言葉からは、本をその場限りの消耗品としてではなく後世まで読み継がれて残っていくような作品を作ろうとしていることが想像できます。各国の出版社から多くの注文が舞い込んでくるというのもですね理解できます。

本は単にコンテンツを提供するものではなく、その存在感に特別な意味を持たせることによって、ページを開いたときに、いつでも新鮮な楽しさを体験できるものになるという可能性が示されているように感じます。

二人は、遠方の地域を歩いて数多くの無名のアーティストを見出してきました。作品を描いているのはそうした少数民族の人がほとんどです。また各々の地域文化を尊重し、育て、世界に紹介しようと考えているのです。これには大変感心しました。話題になっている有名なアーティストの新しい作品よりも、新しいアーティストを探すことを重視する姿勢はとても素晴らしいと思います。作品そのものよりもアーティストとしての人の才能のほうに近づこうとしているところに私は特に共感します。才能を見出された多様なアーティストの層の厚さによって、惜しみなく手間をかける地道なものづくりが支えられているわけですね。次なる才能と出会えることが楽しみです。

南インド、チェンナイのタラブックス、いつか訪ねてみようと思います。