オンライン書店アマゾンのCEOジェフ・べゾス氏は、先月、アメリカで行われたイベントで講演し、自社の役員会議の模様について話しています。
「会議では必ず、出席者の1人が6ページのメモを準備する。主題、文章、動詞がしっかりと使われた物語のような構成になっている。箇条書きだけのメモではない。議論のための、コンテキスト(文脈)を作り出すためのメモだ」と説明しています。そして「出席者全員が、座って静かにメモを読む。たっぷり30分かかることも珍しくない。それから、メモについて議論を始める。こうした会議は「パワーポイントを使った典型的なプレゼンテーションよりもずっと優れている。その理由はたくさんある」

事前に配布されたものを読んでおいて参加するということではなく、その場で読むというのです。ITツールを駆使した会議が行なわれているように想像しがちですが、このような方法で行なわれているとは意外です。徹底した効率化にこだわるアマゾンが、会議の中でメモを読むことに時間をかけているというのは驚きでもあり、なぜそうしているのか興味を持ちました。アマゾンで行われるプレゼンではパワーポイントも使用していないようです。簡潔な資料をつくることは多くの企業で実践されていますが、それを「読む」ことに時間をかけているという話は聞いたことがありません。もっとも、資料と言わずに「メモ」と呼んでいるいるところからして、まだ見ぬ何か宝物のようなアイデアでも披露されるような期待を感じさせます。時間をかけてでも読む必要がある、あるいは読みたくなる内容なのでしょう。

長文メモを書くにあたっては、「書き手はテーマについて深く理解しなければならない」、「書き手には「教えるという視点に立って、メモを練り上げる」ことが求められる。」、「充実したメモを書き上げるには、おそらく1週間以上かかるはず」、このように話しています。

会議の中でメモを読む理由についてべゾス氏は、「優れたメモを書くにはそれだけの時間がかかるため、全員にしっかり読んでもらえるような絶対確実な方法を用いている」と説明しています。

「全員が会議室でメモを読む。そうしないとまるで高校生みたいに、幹部たちは本当は読んでいないのに、メモを読んできたかのような顔をする。だから、読む時間をあえて作って、全員がしっかりメモを読むようにしている。読んだふりをされないように」

「思慮深く、すばらしい」メモは「レベルの高い議論をするためのお膳立てをしてくれる」ものだとも述べています。

徹底した効率化にこだわるアマゾンが、会議の中でメモを読むことに時間をかけているというのはこのような一見非効率に思われるやり方を行なっていることは驚きで、なぜそうしているのか興味を持ちました。
資料が手元にあるだけで理解していると錯覚するような安易な姿勢を退け、理解が体に染みこむように「読む」という動作のある体験にこだわっていることが読み取れます。このことは、メモを準備する側にもシンプルで無駄がなく明快な表現で書くことが求められるものとなり、準備されるメモの内容も無駄がなくシンプルな表現で書かれ、明確な論点が示されることで本質的な議論につながるのです。ベゾス氏が「メモ」と呼ぶほどですから、ユニークなアイデアや戦略の方向性などが簡潔に記されたものだと思われます。

会議でメモを読むことには、事業に対するアマゾンの姿勢が表れています。
単に本を売って顧客に届けるだけではなく、届いた本が実際に読まれてこそ役目が完結するという、「読まれる」ことに徹底したこだわりを持つ姿勢の表明に見えます。膨大な品揃えや納品の速さ、関連書の提案など、購買の利便性や物流面における先進的な仕組みなどが注目されがちですが、販売した本が読者に読まれるところまでを見届けようとの意思表示のようで、本の販売に携わる者の矜持が感じられます。

選ぶ楽しさはもちろんのこと、読むところにこそ読書本来の楽しさがあると考え、徹底して読むことにこだわろうとする強い意思を感じます。会議で行っていることは、「読むこと」の原点を確認するという位置づけにあるものなのでしょう。

「読むこと」の重要性については本に限った話ではなく、ネットでコンテンツを読む場合にも同様のことが言えると思います。読むというよりは、見る、眺める、探すといった使い方が中心になっていて、読むことによって考えるきっかけが生まれ、深い理解につながるという体験が後回しになっているように感じるところはあります。多様なコンテンツが生まれる一方で、読むことの価値が埋もれたままになっている気もして、もったいないですね。

アマゾンの会議での模様は、実際にメモを読むという体験を通じて「読む」ことにこそ本来の読書の楽しさがあるのだということを確認しようとするひとつの試みであるように思われます。一冊の本を読むことは新たな知見を得たり驚きや感動をもたらすものである、そんな信念が垣間見えるようで共感できるものです。こうした信念はこれからも持ち続けてほしいし、より充実したサービスを期待したいですね。次の展開が気になるところです。