東京・上野の森美術館で開催された「世界を変えた書物」展を観ました。
金沢工業大学の企画によるもので、科学技術の発展に大きく貢献した科学者が著した書物の系譜を辿ることによって、理論の蓄積による技術の進化の歴史を俯瞰する内容となっています。どの発明も、こうした書物に収められた理論の蓄積を土台にして生まれたものであるということが理解できます。
展示されている書物は、同校の図書館が所蔵する貴重な稀覯本です。活版印刷術の発明以後、こうした書物の刊行が始まったわけですが、なかでも理論的支柱とされた著名な書物がピックアップされています。
刊行された年代順に一覧表にした年表、知の連鎖をテーマにしたモニュメントもあり、楽しみながら書物の歴史に触れることができる内容でした。
それにしても、これだけの貴重な図書を集められたことには感服します。
工学から出発して哲学や科学技術全般へと書物の領域が広がっていく様が見事です。
洞窟の壁に書籍を並べたような本棚を設置したり、稀購本を不規則な位置に配置するなど、直線的な動きではなく回遊性を伴った鑑賞を促す展示型式になっていて、硬いイメージで見られがちなテーマですが、親近感を持ってもらおうとする工夫が随所に感じられます。
稀覯本をレプリカ風にアレンジしたノートブックです。
ページ数が多くかなり厚いノートです。
茶色の紙が稀覯本らしい感じを醸し出しています。
内容の一部をセレクトして掲載しています。
研究者によって著された書物がいつ誰にどう読み継がれていき、その結果どのような新たな発見に結実していったのか、人物ではなく書物に焦点を当てて知の連鎖を解きほぐしていく点が面白いと思います。
書物を刊行年代順に表示した年表が素晴らしいです。活版印刷術の発明以降に刊行された主要な書物が列挙されています。年代表示とともに内容の分野も一目で分かるようになっていて分かりやすいです。詳細まで丁寧によく調べられています。
科学技術系で最初に著された書物はバルビの「万能薬」のようでした。
タブロイド判のブックリストです。
展示内容のなかで、活版印刷が行なわれるようになって以降の刊行規模の推移を国別に示した動画がありました。刊行数の規模の推移を国別で示すもので、大変興味深く見ました。
当初はイタリアが最大の規模を誇っていました。以降、フランス、ドイツで拡大し周辺国でも増え始めます。1650年頃、イギリスで爆発的に増大し圧倒的な占有を示します。1775年頃、アメリカで膨大な量が刊行され始めるようになります。1900年代に入ってアジア地域でも増えていきます。世界の覇権を握った国の推移と連動しているようにも思われました。
初期の刊行国が圧倒的にイタリアで占められている事実を見ると、大学発祥の地がイタリアであることと大きく関係していることが見えてきて納得できるものでした。
展示されていた本はどれも経年劣化によって紙が変色していましたが、歴史を感じさせるものです。なかには一度破けてしまったページを貼り直して補修されている部分もあったりします。多くの人によって参照されたり、特に重要な項目が書かれた場所は繰り返し開かれて傷みも早かったのでしょう。
今、ネットで検索できる情報の多くは、こうした書物に記されている内容が写されたり加工されたりしたものであることを考えると、原典はあくまでも書物にあるということを実感するものです。展示されている書物を一点ずつ見て回っていると、知の航海の寄港地をひとつひとつ辿っているような感覚に陥りました。壮大な技術の進化を巡る旅が体験できたように思います。