雑誌『Pen』最新号では「手書き」を特集しています。
著名人が書いた直筆の手紙が公開され、それぞれ手書きに対する思いのほどを語っています。また、スケッチやハンドペインティングなどの分野で活躍している人も登場します。手書きの良さについて話された主な内容を挙げると、手間や時間をかけることで深く伝わる、鮮度を保てる、身体の一部としてとらえられる、痕跡が記憶として残りやすい、などです。
今号の特集のように、何人もの人の手書き文字を一度に見られる機会というのはめったにないことで、とても贅沢な企画だと思います。それぞれの個性が表れていて見ているだけで十分楽しめます。それぞれの文字には書いた人が持つ癖が見られて、普段はめったに見られない何か「特別なもの」を見せてもらったような気がして、思わずかしこまってしまうところがあります。
服や時計など、身に着けるものにその人の感性や個性が表れるということもありますが、手書きの筆跡には一切の虚飾をはいでその人の持ち味が表現された究極のスタイルがあります。これだけの手書き文字を見られるというのはとてもプレミアムな体験ですね。
いくつもの手紙の文字を見比べてみると、それぞれの個性が感じられて見ているだけで十分楽しめます。同じ文字を書いていても字体が異なり、受ける印象も変わります。活字では決して表現できない趣があります。文字の大きさや力強さ、文字間の幅、用紙の使い方など、書かれた文字にはその人らしさが凝縮されて表れています。表現の仕方や言葉の使い方などが加わり、さらに味わい深いものを感じます。同じ文字でも書く人が異なれば文字の表情も変わります。ひとつとして同じ文字に見えないところに手書きの味わい深さがあります。
人の顔も千差万別ですが、手書きされた文字にも顔と同じように味わい深いものがあります。どんな人なんだろうとか、どのような気持ちで書いたのかとか、落ち着いて書いていたのかあるいは急いでいたのかなど、書かれた文字から様々な想像が膨らみます。
そのようにしか書けないその人ならではの型には、美しいとか上手いというような基準を超えた、ありのままの個性そのものの表現が見られます。手紙を眺めていると、書いた人が文面と向き合う姿が想像されてきて敬意を表したくなります。
学校に通っていた頃は授業の内容をノートに手書きしていました。誰かにノートを見せてもらったときに、字がきれいだったりまとめ方が上手だったりするのを見ると、その人のことを一目置くこともありました。成績の良し悪しとは関係なく、その優れた美的感覚には敬意を抱いたものです。
今は、メール、ブログ、本など、画面や印刷された活字を見ることが多く、手書きの筆跡を見る機会というのは少なくなっています。簡単なメモ程度なら見ることもありますが、手紙や原稿など、ある程度まとまった量の手書き文章を見ることはめったにありません。手書きで手紙をもらったら、それはそれは大切に持つようにしています。手元に届く「特別なもの」として形に残る手紙のように、記憶に留めておけるところに手書きの良さがあります。
2018年10月
プロフィール
tai
アーカイブ