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辻村深月の小説で映画化になった『かがみの孤城』を鑑賞しました。
学校に行けなくなった中学生こころちゃんが、あるとき鏡の向こう側にある孤城に入り込み、同じく学校に行っていない7人の同級生と知り合います。城のどこかに願いをかなえられる鍵があることを告げられ、鍵を探しながらそれぞれが交流を深めていく物語です。現実の世界と鏡の向こうのパラレルワールドを行き来するというファンタジーです。


同じ学校に通っている同級生かと思っていたところ、実は異なる時代を生きた中学生たち7人が、ある架空の時間に集結します。別の時代の中学生が、こころちゃんの時代に合わせて一堂に会するのです。異なる世代の中学生が時空を超えてひとときを共にすることで、相違しがちな価値観が相手に対する期待や敬意として現れる契機となっているように思われます。時代を共有する仲間となることによって相手に対する親近感や共感を誘うという感情が生み出されています。生を超え世を超えた円環的な繋がりが想起されるような壮大なスケールの物語として描かれています。


孤城で出会った7人は初めは自己紹介からスタートするのですが、これがいかにも普通の中学生がグループを作り始める時の初々しい感じが出ていて親近感を持ちました。以降、何度か交流を深めていくうちに次第に連帯意識が芽生えていき、あるときマサムネの願いを受けて、ある日全員が学校に行くことを決めるというシーンは感動的です。


同級生たちが学校に行けなくなった理由が明かされていきます。境遇の違いを知ることでそれぞれのキャラクターがより際立っていきます。その多様さが物語に深い色どりを添え、味わい深いものとなっています。

お互いに相手の境遇に興味を持ち、学校に通えなくなったそれぞれの理由が明かされていきます。皆が自分の話をじっくり聴いてくれたことを心からうれしく思い、満足を得るのです。今まで誰からも話を聴いてもらう機会がなかったことを嘆きながら、自分の思いを真剣に聴いてもらえる仲間と出会えたことで7人の間に信頼感が醸成されていきます。学校に行かないという状況を見て大人の都合だけで話が進んでいき、子どもたちが置いてきぼりにされている現実が見えてきます。話を聴くということがどれほど疎かにされているか、聴いてもらえることによってどれだけ肩の荷が降りて安心できて希望になることか。小さい声に耳を傾けて話を「聴くこと」の大切さが身に沁みて感じられました。

7人はそれぞれ皆願いを持っています。孤城で鍵を探しながらも目標に向かってこっそり勉強していたり、ピアノを弾く練習をしていたりするのです。こっそりやっているところがかわいいですね。たとえ一時いじめられているようなことがあったとしても、自分のやりたいことを持っていたり、勉強しようという意欲があることは素晴らしいし心強さを感じました。つらい環境のなかでも地道な努力の積み重ねというのはゆくゆくは大きな力になるのだということが感じ取れました。


こちらの生活と鏡の向こうの世界を行き来するなかで、ふたつの世界を隔てるものが鏡であることは何を意味しているのだろうかと考えました。鏡に映っているのは自分であり、その中に飛び込んでいこうと決めるのも自分です。これは、自分の中にももうひとりの異なる自分がいることを信じて、自分が持つ別の側面に目を向けることで新たな可能性が拡がっていくことの象徴のようにも感じました。


孤城とはその名の通り、海に囲まれた小さな島にある城で、周りを見渡しても遠くに水平線が見えるだけ。何もありません。そうなんです。実は鏡の向こうに別の世界はなかったのです、とまで言ってしまっては夢がないので確かにあったと信じることにしますが、彼ら彼女らが見ていたものは、もうひとつの世界ではなく、時代は違えどもすべて現実の世界だったのではないかと。孤島であることで余計なものが紛れ込むことなくシンプルに仲間の境遇に意識を向けることができました。


初めはみなそれぞれの願いを持っていた。やがて交流が深まるにつれ、願うことの方向が変わっていきます。このあたりの心境の変化が瑞々しく感じられてきていいですね。リオンの生い立ちと願いを聞いたときにこころちゃんは自分の願いの小ささに愕然とします。そして最後にようやく鍵を見つけて自分の願いを叫びます。

「アキちゃんを助けて!」

映画を見ている途中で私は物語の展開を思いつきました。鍵を見つけた誰かが「7人全員がいつまでも仲間のままでいられますように」と願うのではないかと。しかし、こころちゃんの言葉は違っていました。
「アキちゃん」、一人称でしたね。

最初は奇跡は起きないと考えていたこころちゃん。では、奇跡は起きなかっのか。奇跡は起きないのではなく、起きたことが奇跡なのです。
私はそう考えました。


そうそう、学校に行けないこころちゃんのためにいつも家に資料を届けていた同級生の東条さん、素敵な子ですね。目立たないので気にされることもないようではあるけれども、ああいうお友達は本当に大切にしたいですね。