
インドから素晴らしい作品がやってきました。
第77回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作でパヤル・カパーリヤー監督初長編作品「私たちが光と想うすべて」を見ました。
病院で看護師として働くプラバと彼女と関わる人々が織りなす人間模様を描いた作品です。古くから残る制度や慣習が仕事や生活に浸透するなか、日々直面する現実の前で生じる様々な感情の交錯と、もがきながらも前へ進んで行く姿が丁寧に描かれています。
プラバのルームメイトである同僚のアヌは、親が薦める相手との結婚に乗り気でなく、異国の恋人と愛を育んでいます。親と子の結婚観の相違に見られるように、古い慣習からの解放を望む若い世代にとって、自由を謳歌するにはまだ振り払わなければならない壁があるにせよ、古びた慣習の網が少しずつ揺らぎ解き放たれようとしているのです。
病院の食堂に勤めるパルヴァティはある日突然、住居の新しい管理人から居住契約書の提示を求められます。書類の提示を求められたことはこれまでなく、書類のありかなど気に留めていなかったため見つけ出すことができません。結局、退去せざるを得なくなるのです。パルヴァティにしてみれば、不当に立ち退きを強いられたようなもので、住居の所有者が変わったことにより、今までのように「顔」のつながりだけでは何事も進まなくなりつつある現実に直面します。法や制度が整備されるにつれ、所有権の移動が容易になるなど、事業の自由度が高まる一方で、個人の権利は置き去りにされかねないような負の側面を垣間見ることができます。十分な検討がなされないまま社会制度が先行して動いていくことの代償をパルヴァティのような庶民が負うことになるという厳しい現実がそこにあるのです。個人の権利を公的な力で社会に示すという、これまで経験したことのない対応が求められ、自分の権利を自ら守る術を身に付ける必要に迫られることになります。
人々の生活と乖離した形で様々な制度が勢いを増して更新されていき、その結果、これまでのように「顔」でつながれてきた信頼だけでは生活を安定させることができなくなってきたのです。国の制度が徐々に整備されていくなかで、個人の権利が翻弄されていく様は痛ましく感じられてなりません。
効率化される制度と個人の権利の保護との歯車のずれは、社会が発展に向かう途上での起こるべくして生じる試練であるとはいえ、見るに忍びないものです。
ムンバイを離れることになったパルヴァティは、親族が住む故郷に帰ります。職場で世話になったプラヴァとアヌは現地まで見送りに行きます。そしてアヌの恋人シアーズもそこに現れます。映画の中盤からはパルヴァティの故郷に舞台が移ります。海沿いの浜辺の近くにある故郷では、ムンバイとはうって変わって昔ながらの静かな営みが続いており、一転して静寂に包まれた落ち着いた時間が流れています。そして夜の浜辺で皆でゆったりと語り合います。絶え間なく聴こえる波の音を背景に、暗闇のなかで小さく暖かく燃える炎を囲みながら。
すぐそばにある、彼らを見守るように深夜まで営業している一軒の店。
「このお店は何時まで開いているの?」と聞くと、
店の人は「何時でも」と答える。
そう、ここには生活に合わせて進む時間があるのです。
ムンバイの街の喧騒と海辺の故郷の静寂。明るいネオンの街と暗闇に包まれた夜の海辺。この動と静、明と暗の対比は、インドの社会階層を暗示しているようでありながらも、そこには小さく燃える炎に象徴されるような一筋の変化の兆し、希望が示されていると見ることもできます。社会が急速に発展し効率やスピードが高まる中で、変わるものと変わらないもの、変わりつつあるものが交錯し、生活や価値観が大きく影響を受けながらも、昔ながらの「顔」によって築かれた信頼を基盤に、誠実な感情や希望が芽生えていく様子はとても微笑ましいものです。女性の生活を起点に展開されるストーリーであることも、繊細な変化がより浮き彫りにされることに関係しているのかもしれません。
海辺にある洞窟の奥に入って天井を見上げると、そこにはこれまでここに来た無数のカップルたちが書き記した愛の文字が残されていました。アヌとシアーズ以外にも多くの恋人たちがここにやってきたのです。彼らもアヌと同様に表立っては歓迎されない関係にあるカップルだったのかもしれません。洞窟の落書きは、普段の生活の中ではプライベートな空間が持ちにくく、自由を満喫するにはまだ障壁が立ちはだかっていて思うようにならない現実があること感じさせます。
そうそう、こうした仲間たちと一緒に生活を共にしてきたプラヴァは、ヨーロッパに単身赴任している夫とはしばらく連絡が途絶えており、勤めている病院のマノージ先生から思いを寄せられ困惑する気持ちを抱きながら、彼らと関わっていきます。自分は両親から薦められた人と結婚したものの、今は夫と遠く離れで暮らしていて連絡も取れない状態であるという不安を抱えながらの生活です。そこにアヌとシアーズのような関係がちらついているのですから、その心中の複雑な気持ちを察すると胸が痛みます。
それでも職務に忠実なプラヴァは仕事を坦々とこなしていきます。そして、パルヴァティの故郷では、海で溺れかけた男性が救助されて浜辺に引き上げられた際、意識を取り戻させるために人工呼吸を施してあげます。その結果、男性は息を取り戻し助かります。このように、仕事で培った自分の能力をどんな場面でも惜しみなく提供しようとする姿勢から、真摯で誠実な人柄が滲み出ています。職務に忠実で、生活においても専門能力や技術を駆使して社会に還元していこうとする意欲は、IT分野において世界屈指の技術を持つ人材を数多く輩出してきた原動力と無関係ではないように思われます。
混沌し複雑極まるインド社会の現実と変革への動きと、そこに覗く一筋の希望。この映画のタイトルには「想う」という言葉があてられています。この一文字は自分の力で未来を切り開いていける時代の到来を予感させるとともに、それを叶える賢明さと知恵がここにあるとのささやかな自信が秘められた言葉として強く訴えかけているようにも感じました。








