5人家族になりました!~特別養子縁組への道、そして真実告知~

私たちの夢。それは…お父さん、お母さんになることでした。たくさんの人と出会い、そして子どもと出会いました。                    これは私達5人が「特別養子縁組」という道を歩いて家族になるまで、そしてなった後のブログです。真実告知についても語っています。      (平成22年10月に3人家族に、平成25年1月に4人家族に、平成27年9月に5人家族になりました)

2013年05月

言葉がかわいい

すーです。

ちーは2歳7ヶ月になり、大分お喋りも上手
になってきました。
言うことも、少しお兄さんな感じです。小さ
いのにね。
なんか、ふふふっと思わず笑ってしまう場
面もありちょっと書いておきます。

■手伝ってくれたときに「ちーが手伝ってく
れたから助かるなあ。ありがとう」と言ったら。
→「どうしまして!」(どういたしまして)

■三輪車に乗り、段差を乗り越えて「がたっ
てするよ」と教えてくれた。その後に、一人
で段差を超えながら「がってん、がってん、
がってん」とつぶやいていた。
→「がってん」(がったん、でしょ~

…もっとあるので、思いだしながら増やして
いきます~。

ちーと出会う前の私へ⑤(おまけ)

ここからは、時間の都合でまとめられ
ず話せなかったことを書いています。

アクロスジャパンの職員さんたちが、
産みのお母さんたちへのカウンセリン
グを丁寧に行っていること。
特別養子縁組を行う上で重要、私に
とっては一番といっていいほど大切な
ことだと思っています。

そして情報を私たちにちゃんと伝えて
くれます。なので私たちは子どもたち
に告知するとき、ちゃんと考えて伝え
ることができる。
そういう方針に、私は共感しています。

これからちーたちが大きくなれば産み
のお母さんがどんな人か知りたいとい
う思いも出てくるでしょう。その時には
またたくさんお世話になると思います。

そして、アクロスジャパンの職員さんた
ちは、私が私であるということを、とても
大切にしてくれます。
自分で考えて、進めばいいですよと言
ってくれること。
私にとっては、ここが合っていたなと出
会いに職員の方に感謝するばかりです。

他の方のお話もとっても良かったです。
幸せになるまでのお話、お子さんを迎え
て今の思い…涙をこらえながらお話する
方もいて。
たくさんの方のお話が聞けたのも、ほん
とうによかったです。











ちーと出会う前の私へ④(告知について・産みのお母さんについて)

私は上の息子には、1歳半くらいから
時折「あなたには命を守ってあなたを
産んだ人がいるんだよ」と伝えていま
す。
大人の自分の病気のことや不妊治療
のときの気持ちを心のなかで受け止め
られてはじめて子どもに話せる気がし
ています。
(不妊治療のときの辛さや悲しさを自
分のなかで認めて頑張ったねと言って
やらないと子どもへ伝えるときにいろん
な気持ちが湧き上がってきてしまい、
話の真意を変えてしまうことがあると思
うのです)

「あなたは私から生まれなかったけれ
ど、一生私たちの子どもです」(と伝えた
い。)
特別養子縁組は、いろんな事情がある
でしょうが、産みのお母さんがこの命を
守りたいと思って手を放したから、私た
ちの元にやってきたのです。
子どもが十月十日いた温かなお腹のな
かは、子どもにとっても大切な存在と感
じています。
(だからこそ、育ての親である私たちが
産みのお母さんを否定するとしたら…
それは子どもにとって、自分を否定され
るという感覚につながると思うし、そうし
ないでほしいと思います。
そのためにも、どんな方なのか、どんな
事情だったのかなどの情報開示は大切
なことだと感じています。)

子どもが大人になって大切な人を見つけ
て、新しい家族をつくるまで…ともに歩き、
ともに悩み、ともに笑って毎日を過ごして
行きたいと思います。
ありがとうございました。

ちーと出会う前の私へ③(子どもを迎えてから)

7年間夫婦で密な時間を過ごしてきま
したが、子どもを迎えて180度違う生
活になりました。
2時間おきの授乳、おむつがえ、大人
同志なら待てるけれど、子どもはそう
はいきません。「待っててね」のきかな
い生活が始まりました。
最初の3ヶ月はもうずっと抱っこで置く
こともできず心配ばかりで、お友達の
先輩お母さんにメールで相談をよくし
ていました。
主人も仕事が忙しく時間がないなか、
一緒に子育てをしています。
その赤ちゃんが2歳7ヶ月になり、1月
には女の子を迎えてお兄ちゃんにな
りました。
1人でも迎えられて奇跡のようなこと
なのに、2人もの子どもとともに人生
を過ごせることに感謝しています。

(私はお外でみんなで子育てをする
グループに入っていますが、信頼で
きる子育て仲間がいること、そんな
環境がありありがたいです)

ちーと出会う前の私へ②-2(特別養子縁組に至るまでの思い)

民間団体の説明会に行ったりもしまし
たが、自分たちの性格に合わないと感
じました。そこでインターネットで知った
「アクロスジャパン」に(養親として登録
を前提として)資料を請求することにし
ました。
面接で「子どもの性別や年齢、障がい
の有無についての意見はききません」
との話がありましたが、自分で妊娠・出
産する場合もそれは同じだと思いまし
た。(なので気にはなりませんでした)
もちろん「障がい」と聞けば、どきっとす
るかもしれませんが、待ち時間のなか
でいろいろ想像して、そのなかで「何が
あってもその命を受け入れよう」という
覚悟も生まれてきた気がします。

血のつながりはなくても「わが子」を育
てたい。主人と子どもと歩む人生をあ
きらめきれなかった先に出会いがあり
ました。
面接を受け、養親として登録しますと
いう電話にほ~~~っとした気持ちに
なったことを思い出します。
私の家族も主人の家族も、もちろん思
うところはあったでしょうが、夫婦の選
んだ道だからと言ってくれました。感謝
しています。

私たちの場合は、資料をいただいてか
ら3年ほど経ち…「絶対子どもと…」とい
う気持ちから「もしかしたら2人だけの人
生もあるのかな…」と肩からふっと力が
抜けたころに、職員の方から電話で「産
まれました」と連絡がきました。
連絡があったことを主人に伝えると、
「まだ喜ばない。つらい思いをしている
人がいるから」と言いました。私もまた息
子を抱くまでにいろいろな気持ちがあり
ました。
初めて息子を抱いたのは主人で、私は
保育士をしていたのにおむつ交換のと
きには、手が震えていたのを覚えてい
ます。
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