2010年05月

2010年05月31日

鏡よ鏡よ鏡さん。第10話で一番かわいいのはだぁれ?
それは、小さい頃の清か(割り込み)こばとちゃんに決まってるでしょう、そんなの!!
最強で最高なんだぞ!(はぁと)
もー、さくっと堕ちれば好いのにな!(誰が何に)

という訳で、寂しくてあたたかいお話の後の、ラストの会話を思い切りお楽しみください(笑)。
珍しくいじられる側に回らされた人が一名おりまして、ご愁傷様だな、このやろう(高笑)。←さいあくな人種


さて、何故これほどテンションが高いかというと、密林さんからアニメ『こばと。』公式ガイドブックが届いたからでした。

詳細は、隅々まで堪能してから上げられたら上げようかと思いますが、とりあえず一言、叫びたいと思います。

加藤さん、あっした!!!!(最敬礼) →表紙
祝祭じゃー!


はい、“異状”お送りいたしました。
阿呆ですねぇ…。


五月生hanatokobato_1102 at 14:01│コメント(0)トラックバック(0)『こばと。』呟き │

2010年05月30日

前の記事がアレでソレでこれ↓ってどうよ、とは思いますが、面白かったので。


虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)
クチコミを見る

伊藤計劃『虐殺器官』です。

題と表紙から分かる通り、屍体等が遠慮なく出てきますので、苦手な方は覘かないでください。

どこをどうすればそんなもんを捻り出せるんだ、という『こばと。』語りも少々あります。興味のない方もスルーしてください。


読んでやるか、という慈愛に満ちた人は続きをどうぞ。
続きを読む

五月生hanatokobato_1102 at 16:38│コメント(0)トラックバック(0)読書 │

2010年05月28日

第9話で重要なのは、洗濯物を干していた男が言ったあの一言(いちごん)だけだ!
第24話をお楽しみに。


て、月曜日に叫びたかったのに、放置してしまいました…(をい)。


という訳で(?)久々の二次創作物です。
珍しく藤本→小鳩ですね、はっきりと。
兄さんが俺と同化してしまわないようにする、匙加減が難しい…。
つか、ケツメイシとか聴いていたのがよくなかったのかなぁ(←ほぼ関係ない)。
言っておきますが、「さくら」じゃないっすよ(←どうでもいい)。


*注意書き

・第22・23・24話のネタバレあり。
・ウチの藤本はどうやったって恰好良くはならんよ(諦念)。
・長い。


以上、承知していただけた二次創作大丈夫という人は続きをどうぞ。
続きを読む

五月生hanatokobato_1102 at 10:28│コメント(0)トラックバック(0)二次:『こばと。』(文) | アニメ

2010年05月19日

最近『こばと。』関係ないところになってきつつあるな。
いや、関係なくもないんだけど…。
ま、いっか。看板に偽りはないからな(踏ん反り)。


てわけで、浅田次郎『ま、いっか。』です。

ま、いっか。
ま、いっか。
クチコミを見る

エッセーが好きだ。

浅田先生の著作は半分くらい読んだのかなぁ?
一番初めに読んだのが『鉄道員』というありがちなコース(中学だったか高校だったか…)でしたが、その後長いこと忘れていて(をい)再発見したのがJALの機内誌に連載されていた「つばさよつばさ」というエッセーだったという、書き出してみるとおかしな経歴だなオイ。
ま、『鉄道員』でも、印象に残ったのが「ラブレター」と「盂蘭盆会」の二篇だけだったという、考えてみればヤなガキだな、という人間だから、いっか。
そして、その他の内容をさっぱり忘れているからと再読してみれば、今度は映画館の話に泣けたという…。宮沢りえちゃん出演の映画、見たいなぁ。

好きなのは、やはり『王妃の館』とかのお笑い系(笑)作品ですが、お薦めは『蒼穹の昴』『珍妃の井戸』『中原の虹』の清朝末期シリーズ(勝手に)ですね。

春児~~~!!

例によって例の如く、春児こと李春雲が好きです(キッパリ)。
次が西大后(ハッキリ)。
『中原の虹』第二巻なんて、涙なくして読めません。てか、涙で読めませ…(泣き過ぎだ、恥ずかしいなオマエ)。

て、どんどん脱線している。
ええと、『ま、いっか。』について、でしたね。
清朝末期シリーズに対する篤過ぎる想いについては、いつか機会がありましたら…。


上に書いた通り、この本はエッセーです。

プロの作家に言う言葉ではないですが、浅田先生は文章が非常に巧みでお上手です。
私が「つばさよつばさ」に釣り上げられた理由も、そこにあったりします。
すらっと読めて、さらっと入ってくるんですよ、頭に。

小説的な文章力と、エッセーの書き方は違う部分があると思うのですが、どちらも上手いのはすごいことです。
大抵どちらかだったりしますから(笑・小説は面白くても、エッセーはいまいちだったり、エッセーは書いても創作はなさらなかったり。まぁ、最近は、あまり文章力関係ないプロの方も居られるようですが…)。

自ら古い人間と仰る通り、浅田先生ご自身の「美学」は若い方には受け入れがたいものなのかなぁ、と思いますが、私は中身が実年齢よりかなり古い人間ですから、「お説ご尤も」と肯くところが多いです(笑)。
勿論受け入れられないものもありますけどね。

でも、これは結構広くに受け入れられるんじゃないかな。
「日本語の未来」というタイトルの一篇です。

文字を持つどの言語にも「話し言葉」と「書き言葉」というのは少なからずあると思うのですが、どちらがより変化しやすいかといったら「話し言葉」ですよね。タイムリーさが求められるものですから。
「話し言葉」の影響を受けて少しずつ変化する、または全く影響されずに変化しない部分を保持するのが「書き言葉」。
「日本語の乱れ」などということが盛んに言われているが、今の議論にはその分別が欠如しているのではないか、と。
浅田先生は「話し言葉」の変化を否定していらっしゃいません。むしろ、それは若者の創意工夫であるからいいじゃないか、と思われているみたいですね。
ただ、そういう所謂「若者言葉」を、社会に出て言語的には完成された「大人」が容易に真似をするのがいけない、と仰るのです。

ちょっと、大意なので私の認識が間違っているかもしれませんが、ものすごく共感するところです。「言語」に敏感にならずにはいられない、作家さんらしい考え方だな、と思います。
私は主に「書き言葉」に親しんできた人間ですから、「話し言葉」の変遷には昔も今も全く付いてゆけていませんが、それでも今は、めまぐるしく変わることが悪いとは思っていません。

私の持論は「歴史は繰り返す」ですが、歴史ったってそんなご大層なものじゃなくて、ヒトのやることは大して変わってないんじゃないか、という程度のものです。

何が言いたいかというと。
ちょっと想像してみてくださいよ、20年後、30年後、今「オトナ」に眉を顰めさせている「コドモ」の何割かは絶対言うんですって「今の若い奴は」て。今そう言っている「オトナ」の中の何割かが昔「オトナ」に言われたように。
面白いでしょう?

これは言葉に限ったことではないですが、この大いなる繰り返しの中にヒトは生きているのではないかな、とか考えて一人で愉しんでいる人間には、現状は少々行き過ぎとも思えます。
「オトナ」が「コドモ」に迎合する必要は全くありませんが、攻撃対象にするのも良くないな、と。
受け入れられないならそれでいいから、理解できないものを排斥したり、封じ込めようとしたりするなよ、と。
ましてそれを誰か(学校教育等)の所為にするなよ、と。

その点、浅田先生の態度は「大人」で、理想的だと思います。
どうかなぁ、こういうの。

私の低い文章力では書ききれないことが山ほどあるので、伝わりにくいですけど(汗)。


まぁ、読みながら、本のタイトルにもなっている「『ま、いっか。』」という章で、あのお二人さんはどうなのかなぁ、と思ったり、「三婚説」に賛同して妄想してみたり、ネクタイ選びにあるお嬢さんを当てて妄想して萌えてみたり、浅田先生の中でのプレゼント難易度ベスト5に、兄さんはどれだけ当てはまるかな、とか考えてほくそ笑んでみたり、「『義理チョコ』とは何か」で、藤本→よもぎ保育園に対する考察を加えてみたりバレンタインデーを思ったり、「花の笑み、鉄の心」に、こばとちゃんを想ったり。
細々と『こばと。』に関連づけて考えましたが何か。

この状態を何て言うか知ってるか。
毒されている、もしくは頭ヤられてる、て言うんだぜ(うん、知ってる)。

しかし、こちらも看板に偽りないからな。
ま、いっか。


という最近の読書でした。




五月生hanatokobato_1102 at 16:19│コメント(0)トラックバック(0)読書 │

2010年05月18日

『枕草子』繫がりで、この二作品。

桃尻語訳 枕草子〈上〉

桃尻語訳 枕草子〈上〉
クチコミを見る

桃尻語訳 枕草子〈中〉

クチコミを見る

桃尻語訳 枕草子〈下〉
クチコミを見る


むかし・あけぼの―小説枕草子 (1983年)

むかし・あけぼの―小説枕草子 (1983年)
クチコミを見る


どちらも今は文庫の方が手に入れやすいと思われますが、初めて読んだのが単行本だったもので。

どちらを先に読んだのかは忘れましたが、先ず橋本治『桃尻語訳 枕草子 上・中・下』。

「訳」と付いていますから、『枕草子』現代語訳の本です。それもキッチリ本格的に逐語訳。
ただ、用いてあるのが所謂ギャル語であるというだけで(笑)。

といっても、これももう出版されてから大分経ちますから、今のギャルちゃんたちが読んでも、さっぱり通じないと思うんですけど。

そして、初読当時、確か中学生だった私は、生れ落ちてからこっちギャルであったことはないので、訳の部分はちんぷんかんぷんでした(笑)。
その後、文庫を入手して、時たま開くのですが、いまだに訳を読むのには苦労します(大笑)。

では何故そんな本をお気に入りにしているのかというと、訳部分よりよほど長大な「清少納言直直」(笑)の解説があるからと、橋本先生の訳に対する態度に激しく共感するからです。

古典の教科書に載っていないことはないだろう有名な書き出し、

春は曙

を、

春ってば曙よね

と訳された。

この訳が合う、というか、『枕草子』にはこの訳し方しかないと思われた言語感覚が凄いと思うんです。
古典を訳す時のセオリーである「春は曙(がよい)」といった、言葉を補っての訳し方じゃ、意味は解っても雰囲気は伝わらない。
当時の常識として大方は敬意のためとはいえ、主語を抜かす。それにより誰の発言か判別できない会話文。「いい」とか「ステキ」とか「いやだ」とか「恰好悪い」とか、清少納言自身と読者が通念として理解できる感覚的な言葉を省く。等等…
『枕草子』は、決して古典として奉られるような、美しい日本語が綴られている読み物ではないと、むしろ年若い女子が身内同士で喋っている時のような「わけのわからなさ」があるという主張が、とっても新鮮で同意するところが大きかったですね。

確かに原文より読みやすいわけでは決してない「現代語訳」ですが(笑)、意味は解るけれど面白みに欠ける訳文より、勢いがあるというか、清少納言が書きたかった、伝えたかった、読んだ人と共有したかった「雰囲気」が理解できるような気がして、とっても好きです。

でも、テストにこの訳を使うと、確実にバツを食らうと思われます。
橋本先生がとっても苦労された、完璧な逐語訳なんですけどねぇ(笑)。


田辺聖子『むかし・あけぼの』

「小説枕草子」の副題通り、清少納言こと清原元輔女(むすめ)を主人公にした小説です。古典に造詣の深い田辺先生ですから、史実・事実を押さえつつ、小説的かつリアルな清少納言像を描き出されてます。
清少納言の人物造形では一番好みです。

これも読んだのは中学の頃。
田辺先生によって名を与えられた元輔女=みる子(文字を忘れた…;)の考え方や行動が、清少納言そのものに思えるくらい鮮やかでした。
幼い時分の父・元輔との関係とか、一度目の結婚と離婚、その後の元夫との関係とか、宮仕えしてからの定子中宮との深い関係とか、彼女が亡くなって後、二番目の夫・藤原棟世との関係とか、『枕草子』からうかがえる、私の中のぼんやりした清少納言像に形を与えられたようで、いちいち腑に落ちたのを憶えています。

一番印象深かったのは、自分の息子に対する時の描写かな。
当時の中級以上の貴族女性は子育てを乳母に任せられるので、現代の家族、特に母子とはかなり違う生活環境だというのを考慮しても、自分の子をここまで対象化して見られるなんて、さすが清少納言、と(笑)。

そして、どうして田辺先生がみる子という名を付けたのかが解るのですよね、これで。
「みる」は「見る」であり「視る」であり「観る」である。
彼女は見聞し、観察し、観望していたんじゃないかなぁ、というお考えがあってのことだと思うのです。

この考え方は、私の清少納言のイメージと合致します。

『枕草子』の成立、特に「ものづくし」と呼ばれる章段には、定子中宮の周囲で繰り広げられた女房たちの会話が大きく影響を与えているのではないかという説があるのですが、それは私もその通りだと思います。
ただ、それを草子に纏めるにあたり発揮されたのが彼女の「見る者」の本領だったのじゃないかな、と思うのです。
紙が貴重だった当時、面白いと思った物事でも、逐一メモってなんていられませんからね。
見て、憶えていて、書く。
一条天皇や定子中宮、中関白家を手放しで称揚する様は、確かにミーハーで軽薄な印象も与えますが(笑)、私はその奥に鋭く透徹した目を感じるんですよ。
そして、それが『枕草子』と清少納言が好きなところなのです。

こちらも古めの本ですが、今読んでも色あせていないと思います。



わー、ホント好きなことになると暑苦しいな…。
それだけ面白かったですよ、という話なのですが。

あー、しかし、また読みたくなってきてしまったなぁ。


五月生hanatokobato_1102 at 14:12│コメント(0)トラックバック(0)読書 │

2010年05月17日

今日のアニメ『こばと。』は、決まっているじゃないか世界はこばとちゃんを中心に回っているんだよ(良い笑顔)、というお話です(違)。
とりあえず、仔猫様は最強で、さすがのお犬様とて敵わなくて、約一名がとても不憫でならなくなる、と纏めれば分かっていただけると思います(イヤ全く…)。



そして、以下は『こばと。』に、ちょっとは…いや、ちょっとも関係ないな、ただのシュミの話だもんな。
そんな本に関する漫文。

ネタバレは気にしなくていいと思うので、隠してません。

天皇たちの孤独―玉座から見た王朝時代 (角川選書)

天皇たちの孤独―玉座から見た王朝時代 (角川選書)
クチコミを見る

源氏物語の時代―一条天皇と后たちのものがたり (朝日選書 820)

源氏物語の時代―一条天皇と后たちのものがたり (朝日選書 820)
クチコミを見る


告白しますが、歴史オタクです(え、知っていた? …ご明察)。

先ず、概要。

日本史は縄文時代から現代まで、手広く浅くやっております。
戦国も幕末も好きですが、誰か一人が歴史を動かせるはずもないと思っている人間なので、昨今の激流のような盛り上がりには、ちくと付いてゆけてません。
関連書籍が大量に出るのは嬉しい限りですが、それも内容の質に依るからなぁ。良し悪し(苦笑)。

世界史は、うすぼんやりとおおよその流れを知っている程度です。
あ、エジプトとかインカとか、巨石文明辺りはちょっと首突っ込んでますが。文字や技術の解明話には燃えます(えへ)。
あと、ローマ。
塩野七生『ローマ人の物語』を、ちまちまちまちま読んで、楽しんでおります。
図書館の本を優先しているので、まだ第一次ポエニ戦役の辺りなんすけどネ(遅)。

で、上の本。
繁田信一『天皇たちの孤独』
山本淳子『源氏物語の時代』

小さな頃から何故か『枕草子』が好きだった所為で(多分教育テレビのお蔭かと)、一条朝はホームと言っていいほどの時代なのですが、『源氏物語』一千年紀用に出た関連書籍中の二冊ですね。
平安中期、藤原道長が最高権力者に登りつめる前後の、一条天皇をピラミッドの頂点に戴く貴族社会の人間模様です。

先に山本氏の『源氏物語の時代』を読んでいて、繁田氏の著書が面白くてチェックしていくうちに、最近『天皇たちの孤独』に行き着いた、というわけなのですが、この二冊を並べるのは同じ時代を扱っているからだけではなくて、同じ事柄を解釈するのでも、男女間で、と言って語弊があるのなら、個個の研究者間で捉え方が違うものなのだなぁ、とあらためて感じて私が楽しくなったからなのです。
勿論、根拠としたり参照する資料のどれに重きを置くか、という手法の違いなど、さまざま差異があるので、全く同列に扱うことはできないかもしれないですが。

それでは軽めに、一応読んだ順に、漫文。

『源氏物語の時代』
一条天皇と中宮定子って、桐壺帝と更衣のモデルとも言われてるんすね。
へー。知らんかった。
『源氏物語』割とどうでもいいもんで(てへ)。それに、物語のモデルを詮索するのも。
「人」が居るから「お話」が生まれるものだとは思いますが、フィクションはフィクションだと思っている人間でして。

研究書ではないので、学校で習った程度の知識があれば読める本だと思います。
つか、大和和紀『あさきゆめみし』とか好きなら、きっと楽しめるかと(笑)。
厳密な歴史学者と言われる人種には敬遠される『大鏡』『栄華物語』等歴史物語にも一定程度の重きを置いて、一条帝とその二人の后、定子と彰子の関係について紹介しています。
主題としているところですので、一条―定子、一条―彰子には結構甘めかなぁ。解釈がうつくしめです。
代わりにと言ってはなんですが、他の妃には、ちとつれない。
だから、少女漫画好きなら、この時代に詳しくなくても読めると思います(笑)。

ま、俺の原点ここかぁ~(汗汗)、と打ちのめされた一冊なんすけどね…。
無理矢理『こばと。』に繫げるわけではないですが、女性が年上とか、全然気にならないところとか、うん…。
(註・一条天皇より定子中宮の方が歳が上)
刷り込みって恐ろしいですネ。

『天皇たちの孤独』
こちらは好みが分かれるかな。
繁田氏が柱として扱っている資料は藤原実資『小右記』なので、考え方は実資寄り。
今なら「政界のご意見番」などという看板を奉られそうな考え方の持ち主に見える実資の書いた『小右記』を中心に据えているので、目線はちょっとシニカルでフラットです。
そして、繁田氏の論の展開に、一種独特なものがあるので、楽しめない方も居るだろうとは思います。
私などは「そこでこうくるか~」と、思いっきり楽しんでますけれど(笑)。
図表が多用されて、読みやすい本なのですがね。

で、この二冊を眺めて一番面白いなぁ、と思ったのは、一条天皇の妃の一人、藤原元子に関しての記述。
『源氏―』では、『栄華物語』を引いて、元子の妊娠を想像妊娠――もっと言えば、怪異ではなかったかと、そして、一条がその後度々元子を召し出したのは哀れみによるものではなかったのかと推測しているのですが、『天皇―』では、元子も一条の寵妃として扱われてます。妊娠は流産であった、と。
どちらが正しいのかなんてのは今では知りようがありませんが、こういうところ、歴史を追いかけてしまう原動力になります。
何を「事実」と認定するか、それだけでこんなにも解釈が違う。
そして、そこに「想像」の余地がある。
私が自分を「歴史オタク」と言うのは、どうしたって想像・妄想力が働いてしまうからですね。研究者ではあり得ないです(笑)。


長い上に纏まっていないのは相も変らぬ悪い癖ですが、このような読書記録もあるよ、ということで。
以上。


五月生hanatokobato_1102 at 16:50│コメント(0)トラックバック(0)読書 │

2010年05月13日

カレン・カーペンターの声が頭の中をぐーるぐる。
5月だから? 5月だからなの?!(←あまり関係ない)

晴れた日は本当に爽やかさんな気候で、この時季は好きですなぁ。
そんな日は、ごろりと寝転がって、思い切り読書したい!(外行けや)



そんな爽やかじゃない人間が呟く、…重大発表なんだよな? な、今月号の『こばと。』。
ネタはバレていないと。


勁(つよ)いなぁ。
やっぱり笑っているこばとちゃんが一番好きだ(告白)。


小出し大王な五百祇様のビジュアル。
これでラストでも出てこなかったらどうしよう(笑)。
…言っててあり得そうな気がしてきた(汗)。
そうならないことを願おう…。


おそらく5巻で〆る気だろうと推測するが、あと80頁(6回)くらいで纏められるのか、興味津々。
(いや、ファンとしては終わってほしくないけれど、どう見ても伏線回収していってるから。アニメも完結しているし、来年まで持ち越すとは思えないんだよねぇ→Newtypeでの連載)

こんなところで。


五月生hanatokobato_1102 at 10:55│コメント(0)トラックバック(0)『こばと。』呟き │

2010年05月03日

落第忍者乱太郎 47 (あさひコミックス)
落第忍者乱太郎 47 (あさひコミックス)
クチコミを見る

×××HOLiC(17) (KCデラックス)

×××HOLiC(17) (KCデラックス)
クチコミを見る


この二つを並べて取り上げるって、どうよ。

という訳で、尼子騒兵衛『落第忍者乱太郎』とCLAMP『xxxHOLiC』についての漫文です。



ネタバレてますので、続きから。


続きを読む

五月生hanatokobato_1102 at 14:50│コメント(0)トラックバック(0)読書 │

2010年05月02日

大阪は「大坂」と書きそうになるんですよね。
そして「オマエは何時代人だ」とセルフツッコミを入れたくなるんですよね。
↑阿呆


ラジオの公開放送を聴いていて、そういえば今日は大坂で『こばと。』のトークイベントがあるのだったなぁ、と思い出した次第。
生でボケとツッコミの応酬が聴ける方が羨ましいです(笑)。
公式でレポート上がるかなぁ…。


五月生hanatokobato_1102 at 11:25│コメント(0)トラックバック(0)『こばと。』呟き │