s-20170910沖縄と核













沖縄への核の持ち込みを日本政府は黙認。
核の抑止力は日本の安全保障に不可欠だと。
今の首相と元首相の祖父はつながっている、…。

しかし、
思います。

いかに、
この制作班を活用できなかった、活用しょうとしなかった
モミーが、
史上最低のボンクラNHK会長だったか、改めて思います。
今、なにしてんだろうね、あのオッサン、…。

モミーがいた頃は、
NHKスペシャル制作班は活躍する場を無くされてくすんでいたんだと思います。
くすんではいたけれど、
やる気を無くしていたんではないと、
モミーがいなくなった後、
原爆の日を中心に終戦前後の「NHKスペシャル」は、
制作班の思いがこもって、
後世に記録される作品の連発で、

で、
基に成る資料はナニかっというだけでも相当な知識がいるはずで、
その専門的な知識を元に、
ここにこういう資料がある。
あそこにこの資料がある。
一つ、一つ、丹念に収集して番組を作る。
「NHKスペシャル」取材班の気迫勝ちって感じがしてる。
頭の下がる思いでいます。

これからも、
この姿勢を崩さないで欲しい。

政治部の連中みたいにドンドン劣化することのないように、
政治的な平衡感覚のない岩田明子、鮨友・島田、
政治部のこいつらが出てくるとテレビをぶっ壊したくなるから、
NHKの政治ニュースは見ないに限るというような劣化度にならないように、
それだけは切にお願いする次第であります。

つーか、
NHKで政治部以外で大嫌いな部署はないんだわ。
【NHKスペシャル】 【BS1スペシャル】 【BS世界のドキュメンタリー】 【ETV特集】
【BSプレミアム】 【BSプレミアム】 【ドキュメント72時間】 【目撃!にっぽん】
【プロフェッショナル 仕事の流儀】 【ファミリーヒストリー】 【こころ旅】 【日曜美術館】
【サイエンスZERO】 【ダーウィンが来た!】 【世界ふれあい街歩き】と、。。。
良質の番組は沢山ある。
政治部が一手にNHKの評判を悪くしてる、ホントそう思う。
こんな部署は消えてなくなればいいのにね!!!



■【NHKスペシャル】 「スクープドキュメント 沖縄と核」【2017.09.10】

米軍基地に土地を奪われていただけでなく、知らないうちに核兵器1300発も配備されて、とんでもない核ミサイルの事故も起き、核戦争の拠点にもなってて、沖縄をその地に選んだのは日本政府だった…なんて、沖縄が怒るのも当然だわ…
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Nスペ《沖縄と核》を見る。圧倒的な取材力。沖縄で核兵器を搭載したミサイルの事故など知らなかった事実が次々に。沖縄を米軍の核戦略の拠点として選んだのは日本、という米軍関係者らの証言や資料に、日本政府はどう応えるのか。58年前の軍部隊の日報が残され開示される米国。一方、日本は……。
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このところのNスペは、中身の濃い番組を連発しているが、いずれも取材に相当の時間を要しているだろう。取材者は、籾井会長時代の、内部の異常な雰囲気も腐らず、外部の批判にもめげず、コツコツと資料を収集してきたのではないか。困難な時期をいかに過ごすかということも考えさせられる。
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これは極め付きのスクープドキュメントです。NHKスペシャル「沖縄と核」。沖縄にはかつて1300発の核があり、伊江島は核攻撃の訓練場だった‥。息を呑みながら見ています。
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NHKスペシャル「沖縄と核」。キューバ危機の時、沖縄の米軍は中国に核ミサイルの照準を合わせていた‥。いつでも発射できる表示の「HOT」。貴重すぎる歴史的写真に絶句します。そして核ミサイル発射基地の中に初めてカメラが入りました。圧倒的スクープの連続です。
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NHKスペシャル「沖縄と核」。伊江島の核模擬弾投下訓練場で住民1人が亡くなっていた。遺族は核のことは何も知らされていなかった‥。
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NHKスペシャル「沖縄と核」。沖縄で核を搭載したミサイルの誤発射があった! なんということだ。よくぞ爆発しなかった。顔から血が引く思いです。隠蔽された核事故。
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「沖縄と核」は一年ないしそれ以上にわたる長い取材期間を経ての放送だと思うが、“北朝鮮危機”が叫ばれるなかで結果として極めてタイムリーなものになった。アメリカが(日本政府でさえも)現地住民の生命など露ほどにも配慮していなかったことは心しておくべきだろう。それはいまも同じだろうから。
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「核が沖縄にもたらしたものは事故や住民被害にとどまらない。米軍や米軍基地が、核兵器配備とともに沖縄中に拡大していった過程が浮かび上がった」現在も抑止力の名の下に、日本における米軍専用施設の7割が置かれている〉Nスペ『沖縄と核』取材班
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衝撃的力作。核基地とされ、土地を奪われ、核模擬爆弾で殺され、キューバ危機で破滅の淵に追いやられた沖縄県民。それを容認する自民党政府。「唯一の被爆国の政府のすることか」。古堅実吉氏の怒りが胸に響いた。
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NHKスペシャル「スクープドキュメント沖縄と核」、沖縄に核兵器が大量に配備されていたとは。核基地を作るため米軍は僅かな保証金で伊江島の住民を立ち退かせ、応じない住民の家をブルドーザーで破壊し、畑にガソリンを撒き焼き払ったという。沖縄の人たちは何も知らないまま核兵器と隣り合わせに。
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NHKスペシャル「スクープドキュメント沖縄と核」がすごい。当時を知る元米軍兵士の証言。那覇基地で核兵器が海に誤発射される事故が起きていた。米国は事故を徹底的に隠蔽。海に沈んだ核兵器を密かに回収。核爆発を起こしていたら、沖縄は消滅していた。その頃日本本土は高度経済成長の中にいた。
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NHKスペシャル「沖縄と核」。どこからどこまでがスクープなのか分からないくらい、大スクープの連続。かつて沖縄が核兵器の拠点で、キューバ危機の際は核戦争の瀬戸際にあり、現在もなお核兵器保有の懸念を滲ませる内容。凄すぎる内容に言葉を失う。作り手の執念と迫力を感じる
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NHKスペシャル「スクープドキュメント沖縄と核」、その頃ビキニ水爆実験があり、日本国内では反核運動が盛り上がり、国内への核兵器配備は困難な状況に。日本は本土には核兵器を持ち込ませず、だが沖縄は例外とした。沖縄を犠牲にして核兵器の傘で本土を守り、沖縄を見捨てたのだ。これが日米安保。
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NHKスペシャル「スクープドキュメント 沖縄と核」。1959年極東で最も集中して核兵器を配備されていたという沖縄。那覇に近い基地で核弾頭を積んでいたミサイルを誤発射で海兵隊が1人死亡。ミサイルは沖縄の海に着弾、核爆発が起こっていたら那覇は吹っ飛んでいたという…。米は徹底して隠蔽。
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NHKスペシャル「沖縄と核」。1954年に米軍が行った伊江島の土地接収は、核戦争を前提にした訓練場をつくることが目的だった。住民の暮らしの場で、低高度爆撃法による模擬核爆弾の投下が行われ、犠牲者も出た。阿波根昌鴻さんの資料館で模擬原爆を見たことがあるが、こういうことだったのか…。
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マジかよ
NHK スクープドキュメント沖縄と核を観ている。
沖縄に、核ミサイル1,300発が配備してた。
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NHKスぺシャル「沖縄と核」
冷戦時代、1300発の核兵器が配備されていた沖縄。1962年キューバ危機の時、沖縄の基地から中国に向けられた核ミサイルは発射寸前だった。元米軍兵は「沖縄は消滅すると思った」と語る。米国が核ミサイルを撃ち込めば、沖縄は即時に核ミサイルの報復を受けたと。
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それにしても、ソ連がキューバに核を持ち込んで米国攻撃を準備した時、米国は沖縄基地の核ミサイルをソ連ではなく、ソ連の同盟国の中国に向けたのは一体なぜなのか? Nスぺではその戦略まで検証しなかったが、米ソのぎりぎりの攻防だったのだろう。https://twitter.com/product1954/status/906874623836307461 …
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Nスぺ 1959年の「核ミサイル誤発射」も大スクープだった。沖縄は何度も焦土と化す危機に直面していた。元米兵「当時は一切話すなと命じられた」「事故を起こしたミサイルには、広島型原爆と同じ20キロトンの核弾頭が搭載されていた。もし核爆発を起こしていたら、那覇の街が吹き飛んでいた」 pic.twitter.com/dmqoTIgGsu
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Nスペ「沖縄と核」はすごい内容だった。
那覇での核事故、伊江島での模擬核訓練、配備されていた1300発の核弾頭、そして密約と基地拡大。元国防長官までに取材し、「抑止力の名の下に」なお続く沖縄の基地負担を問題提起していた。圧倒。
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そりゃこれ以上沖縄に基地を作らせたくない住民の気持ちはもっともだわ
沖縄が核兵器の誤射で無くなってたかもしれないなんてさ
Nスペみた沖縄県民はいま凍りついてるのではないか
=以上=

なんでもかんでも、
沖縄を犠牲にしていいってもんやないやろ。
沖縄県民の皆さんが、凍りついて、怒って、悲しまれて、
日米政府を許せない気持ちでイッパイだろうなって、心底、そう思う。…。
米軍は日本から出て行けーーーーー!!

このことに反対するネトウヨ君。
ならば、君達の土地で沖縄の米軍基地をぜーんぶ引き取ってくれないか。
話はそれからじゃないかって、私は思うけどね、…。



    当  ブ  ロ  グ  へ  の
    皆 様 の ご 支 援 に 感 謝 致 し ま す! あ り が と う ご ざ い ま す!


















NHKスペシャル 2017年9月10日 スクープドキュメント 沖縄と核




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dailymotion. NHKスペシャル 2017年9月10日 スクープドキュメント 沖縄と核
dailymotion. NHKスペシャル 2017年9月10日 スクープドキュメント 沖縄と核


■資料
■【NHKスペシャル】スクープドキュメント 沖縄と核【2017.09.10】
2017年9月10日(日) 午後9時00分〜9時49分
45年前の本土復帰までアジアにおけるアメリカ軍の“核拠点”とされてきた沖縄。これまで、その詳細は厚いベールに包まれてきた。しかし、おととし、アメリカ国防総省は「沖縄に核兵器を配備していた事実」を初めて公式に認め、機密を解除。これを受け、いま「沖縄と核」に関する極秘文書の開示が相次ぎ、元兵士たちもようやく重い口を開き始めた。そこから浮かび上がってきたのは、“核の島・沖縄”の衝撃的な実態だ。1300発もの核兵器が置かれ、冷戦下、東西陣営の緊張が高まるたびに、最前線として危機的な状況に置かれていたこと、さらには、「核」の存在こそが、沖縄への米軍基地集中をもたらす要因となっていたという新事実・・・。
1950年代から急速に部隊の核武装化を進めようとしたアメリカと、国民の見えない所に「核」を欲した日本、両者の思惑の中、“唯一の被爆国”の番外地として、重すぎる負担を背負うことになった沖縄。新資料と関係者への証言から、沖縄と「核」の知られざる歴史に光をあてる。
【語り】中條誠子 (NHKアナウンサー)
【声の出演】菅生隆之・原康義・石田圭祐・佐古真弓 (俳優・声優)
番組HP:http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170910

■【NHKスペシャル】スクープドキュメント 沖縄と核【2017.09.10】
書き起こし!


<かつてのアメリカ軍の核ミサイルの発射基地>

ナレーション・中條誠子:沖縄の美しい海に面した高台に建つ奇妙な形の建物。ここは、かつて、アメリカ軍の核ミサイルの発射基地でした。今回初めて、建物の中にテレビカメラが入りました。コンクリートの廊下が、迷路のように奥へと続きます。沖縄が、アメリカの統治下にあった1960年代。ここは、共産圏に対峙するアメリカ軍の最前線基地でした。当時、ここで撮影された写真です。広島に落とされた原爆の、およそ70倍の威力を持つ核ミサイルが、配備されていたのです。この基地で任務に就いていた元アメリカ兵、当時の事を初めて証言しました。

元アメリカ兵:沖縄には大量の核兵器がありました。全世界を破壊できる規模です。

ナレーション・中條誠子:本土復帰前の沖縄に置かれていた核兵器。その詳細は軍事機密とされ、明らかにされてきませんでした。今回私たちは、未公開映像や機密文書など、およそ1,500点を入手しました。そこから明らかになったのは、世界最大級の核拠点となっていた沖縄の、危機的な実態でした。那覇の基地では、核弾頭を搭載したミサイルが、誤って発射される事故が発生。元兵士が、初めてその詳細を明かしました。

核ミサイル部隊・元兵士:事故は機密扱いで、一切話すなと命じられました。核が絡んでいたからです。

ナレーション・中條誠子:更に沖縄が、核戦争による破滅の瀬戸際に立たされていた事も、浮かび上がってきました。米ソの対立が頂点に達したキューバ危機。その時沖縄の核ミサイルの状態を示す表示は、「HOT」、共産圏に向けて発射寸前になっていたのです。

核兵器整備部隊・元兵士:これは本当に核戦争が始まると、沖縄は消滅すると思いました。

ナレーション・中條誠子:東西冷戦が激しさを増す中、沖縄は核の島となっていきます。配備された核兵器は、最大で1,300発に上ったのです。これまでほとんど光が当てられる事のなかった、沖縄と核の深いつながり。機密資料と新証言から明らかになった、核の島沖縄の真実です。沖縄に核兵器が配備される事になったのは1953年、その影響を直接受ける事になった島、伊江島です。戦後置かれてきたアメリカ軍の基地が、この年、突如拡大される事になったのです。アメリカ軍は、目的も明らかにしないまま、僅かな補償金で住民の立ち退きを要求。拒否した住民の家を、ブルドーザーで破壊し、畑はガソリンで焼き払いました。今回私たちは、この土地接収が、核戦争を想定した訓練のために行われた事を、初めて突き止めました。

<アメリカ・アラバマ州・マクスウェル空軍基地>

ナレーション・中條誠子:アメリカ・アラバマ州にあるマクスウェル空軍基地。2か月に及ぶ交渉の末、沖縄における空軍の活動を記録した資料が、開示されました。

マクスウェル空軍基地関係者:これは、伊江島の爆撃場の記録です。

ナレーション・中條誠子:伊江島で行われていた、爆撃訓練についての内部文書です。

ナレーション・男性が(内部文書を読む):「伊江島に新たな爆撃場を作ることに決定した。ここで、LABS(低温度爆撃法)の訓練を行う。」

ナレーション・中條誠子:空軍が、内部向けに制作した映像です。LABSとは、核爆弾を投下する最新の爆撃法でした。高性能化するソビエトや中国のレーダーをかいくぐるため、戦闘機が低空で侵入。急上昇して、核爆弾を投下する方法です。

<バーーーーーン!!・爆弾の投下音>

ナレーション・中條誠子:アメリカ軍が撮影した伊江島の航空写真。島の北西部。住民の土地を接収した場所に、巨大な標的が出来上がっています。ここで、模擬核爆弾を使ったLABSの訓練を行っていたのです。伊江島で訓練を繰り返していたという、元兵士が見つかりました。
元戦闘機パイロット、ノーマン・バタグリアさん、84歳です。

元戦闘機パイロット・ノーマン・バタグリア氏:「Hello!Hello!Nice to meet you」(こんにちは。はじめまして…)

ナレーション・中條誠子:LABSの訓練は、常に実戦を想定したものだったといいます。

元戦闘機パイロット・ノーマン・バタグリア氏:私の任務は共産圏に核爆弾を投下することでした。24時間の警戒態勢です。4機の戦闘機が常に核爆弾を搭載して出撃に備えていたのです。

<国家安全保障会議 議事録(1953年7月)>

ナレーション・中條誠子:背景にあったのは、アメリカの核戦略の転換でした。元軍人で、大統領に就任したアイゼンハワー。核兵器を積極的に活用する方針を打ち出し、沖縄に着目しました。

国家安全保障会議 議事録(1953年7月)・ナレーション 男性が読む:「極東の空軍能力を増強せよ。緊急時の使用に備えて、核兵器を沖縄に配備する。」

ナレーション・中條誠子:このころ、米ソの熾烈な核開発競争が始まっていました。

<1953年ソビエトは初めて水爆実験に成功>

ナレーション・中條誠子:1953年、ソビエトは初めて水爆実験に成功したと発表。アメリカは、ソビエトの影響を受けて台頭する、極東の共産主義勢力と対立を深めていました。南北に分断された朝鮮半島では、北朝鮮と戦争状態にありました。台湾への圧力を強める中国共産党とも、緊張が続いていました。アメリカは、朝鮮半島や台湾に近い沖縄を、核戦略の拠点としたのです。核は、今につながる沖縄の原型を、形づくりました。

<核がもたらした基地拡大>

(バババババーーーン!! すざましい銃声)

ナレーション・中條誠子:1950年代末、沖縄に移転してきた海兵隊。上陸作戦などを任務とし、現在沖縄のアメリカ軍基地の、およそ7割を占めています。今回の取材で、海兵隊が沖縄に基地を求めた背景に、核兵器の存在があった事が明らかになりました。新たに見つかった、海兵隊の内部文書(1955年)。司令官が、今後の戦略を示していました。

海兵隊の内部文書(1955年)・ナレーション 男性が読む:「核兵器の急速な進歩に、我々も対応しなければならない。これからは核兵器で武装し、敵の核攻撃から身を守るのだ。」

<オネストジョンの発射訓練(1958年)>

ナレーション・中條誠子:当時海兵隊はほとんどが、山梨や岐阜など、日本本土に駐留していました。海兵隊は、本土に、核ロケット砲オネストジョンを配備する事を計画します。しかし、この直前、アメリカがビキニ環礁で行った水爆実験で、日本の漁船員が被爆。国民の間に、強い反核感情が広がっていました。海兵隊は、本土での核兵器配備を諦めざるを得ませんでした。海兵隊は、アメリカの統治下にあった沖縄に着目。1950年代末、沖縄本島北部に新たな基地を確保します。アメリカ軍の基地面積は一気に倍増し、本島の1/4を占めるまでになりました。今回新たに発見した映像。表題に、「オネストジョンオキナワ」と記されています。本土で配備を諦めたオネストジョンを、沖縄に持ち込んだ海兵隊。沖縄の新たな基地で、核弾頭の使用を想定した訓練を、繰り返していたのです。

沖縄に駐留していた元海兵隊員・ハリー ミカリアン氏(78歳):通常弾頭では、180短擁を破壊できます。核弾頭なら1,800短擁を破壊できる計算でした。沖縄の住民は我々がどんな訓練をやっていたか知らなかったはずです。まして、核兵器を持っているとは想像もしなかったでしょう。

ナレーション・中條誠子:沖縄の人々は、何も知らされないうちに、核兵器と隣り合わせの暮らしを、強いられる事になりました。知花 成昇さん(98歳)。海兵隊が移転してきた当時、住民の代表機関琉球政府で、アメリカ軍と基地問題を交渉する責任者でした。

元琉球政府・知花 成昇さん(98歳):核兵器の話は全然なかった。聞いたこともなかった核の話は。やっぱり時代が、アメリカの言いなりにしかならないと考えとんやないですか。

<スプートニク打ち上げ>

ナレーション・中條誠子:米ソが、核開発競争にしのぎを削る中、ソビエトがいち早く大陸間弾道ミサイルの技術を獲得します。今回入手した文書からは、沖縄のアメリカ軍が、ソビエトからの核攻撃に、危機感を募らせていた事が明らかになりました。

沖縄ミサイル攻撃計画(1958年)・ナレーション 男性が読む:「沖縄は極東で最も核兵器が集中する拠点。ソビエトの爆撃機が、10メガトンの攻撃を沖縄にしかけてくる。(広島型原爆の約700倍)

ナレーション・中條誠子:アメリカが最も恐れたのが、核兵器を貯蔵していた弾薬庫への攻撃でした。最大規模の嘉手納弾薬庫地区。東京ドームおよそ600個分の広大な敷地に、かつて沖縄に配備された核兵器の大半が、貯蔵されていました。この弾薬庫を守るために配備された新たな核兵器、ナイキ・ハイキューリーズ(迎撃用核ミサイル)。敵の攻撃機を打ち落とす、迎撃用の核ミサイルです。地上のレーダーによって、正確に目標へと誘導する事ができました。嘉手納などの弾薬庫を取り囲むように、8か所にナイキを設置。核によって核を防衛する態勢が整えられ、また、基地が拡大していったのです。配備されたばかりのナイキが、大惨事につながりかねない事故を起こしていた。今回、その詳細が初めて明らかになりました。

<隠蔽された核事故>

ナレーション・中條誠子:独自に入手したナイキを運用していた部隊の日報です。

ナイキ部隊の日報(1959年)・ナレーション 男性が読む:「兵士が一人死亡。原因はナイキ
の点火。」

ナレーション・中條誠子:一体どんな事故だったのか。
3か月に及ぶ取材の末、事故を起こしたナイキの部隊にいた元兵士が、見つかりました。(ウィスコンシン州在住)ロバート・レプキーさん(81歳)、事故について初めて語る事を決断し、取材に応じました。核弾頭の整備に当たっていたというレプキー氏。事故が起きたのは訓練の最中だったといいます。

ナイキ部隊元兵士・ロバート・レプキー氏(81歳):突然、ごう音が鳴り響きました。振り向くとナイキが海に突っ込んでいました。地面には仲間が倒れ死んでいました。

ナレーション・中條誠子:レプキー氏の証言から、事故の状況を再現しました。事故は、人口が集中する那覇に隣接した基地で起きました。今の那覇空港がある場所です。発射に備える訓練の際、1人の兵士が操作を誤ったため、突然ブースターが点火。ナイキは、水平に発射され、そのまま海に突っ込んだのです。

日本側記者:事故を起こしたミサイルには核弾頭が搭載されていたのか?

ナイキ部隊元兵士・ロバート・レプキー氏(81歳):イエス、イエス。核弾頭は搭載されていました。核弾頭特有の装置が付いていたので分かったのです。その核弾頭の威力は広島に投下された原爆と同じ規模で20船肇鵑任靴拭

ナレーション・中條誠子:アメリカ軍は、核に関する事故を、徹底して隠蔽しようとしていました。今回入手した、軍の内部文書です。

米軍内部文書・ナレーション 男性が読む:「核兵器の事故は、アメリカの国際的地位を脅かす。全ての情報は関係者以外、極秘とする。」

ナレーション・中條誠子:軍は海に沈んだナイキを、ひそかに回収していったといいます。核兵器に関する事故であった事が知らされる事は一切なく、事実は隠されたままとなっていたのです。

ナイキ部隊元兵士・ロバート・レプキー氏(81歳):事故は全面的に機密扱いで一切話すなと命じられました。核が絡んでいたからです。核爆発をしていたら沖縄は吹き飛んでいたでしょう。沖縄の人々には、事故のことを知る権利があると私は思います。

ナレーション・中條誠子:当時日本本土では、高度経済成長の中、平和と繁栄を享受していました。その陰で、核は沖縄に集中し、固定化していく事になります。それを決定づけたのが、1960年に締結された、日米安全保障条約です。条約とともに、核兵器についての取り決めがなされました。アメリカが、日本国内に核兵器を持ち込もうとする場合、事前に協議をする制度。国民の反核感情に配慮し、核の持ち込みに歯止めをかけようとしたのです。一方で、当時の総理大臣岸信介は、アメリカの核が、抑止力として日本の安全保障に不可欠だと考えていました。この矛盾の中で、日本が至った結論。外務省に、当時の内部文書が残されていました。将来的に、沖縄返還を見据えていた日本ですが、核持ち込みの歯止め、事前協議制度には「沖縄を含まない」としました。そして、「沖縄の米軍施設には我方は干与せざる立場を堅持する」として、沖縄に核を置く事を黙認したのです。日米安全保障条約成立の結果、本土には核を配備せず、沖縄のみに核を置き、その抑止力に依存する仕組みが、出来上がったのです。核が沖縄へ集中していく中、住民を巻き込む悲劇が起きていた事も、分かってきました。アメリカ軍が土地を接収し、爆撃場を作った伊江島です。このころ、低高度で侵入し、核爆弾を投下するLABSの訓練が更に激化していました。今回新たに見つかった、当時の伊江島の写真です。集落のすぐ上を、戦闘機がかすめ飛んでいます。住民が、その状況を語った当時の音声も見つかりました。

<伊江島の住民が模擬弾の爆発に巻き込まれ死亡・即死だという>

沖縄伊江島の住民のみなさんの声:落ち着いて全然生活できないですね。この周辺にも(爆弾が)落ちよったですよ。

沖縄伊江島の住民のみなさんの声:子ども達が遊んでいるその場所ですね、

ナレーション・中條誠子:民家のすぐそばに落ちてくる、模擬核爆弾。しかし住民は、何の訓練が行われているのか、知る由もありませんでした。こうした中、事故が起きました。空軍の爆撃訓練の記録です。

伊江島での訓練記録(1960年)・ナレーション 男性が読む:伊江島の住民が死亡。爆発したのは、MD-6。

ナレーション・中條誠子:MD−6は、水爆の投下訓練に使われる模擬核爆弾でした。亡くなった、石川清鑑さん(当時28歳)。模擬弾の爆発に巻き込まれ、即死だったといいます。生後9か月の娘を抱え、残された妻ツネ子さんです。事故直後、アメリカ軍に宛てて手紙を書いていました。

ツネ子さんがアメリカ軍に宛てて書かれた手紙・ナレーション 女性が読む:ばかげた戦争や演習はもうやめてください。9か月になる子どもを抱えて、どうして暮らしていけと言われるのですか。

ナレーション・中條誠子:事故当時、生後9か月だった娘が、沖縄本島(沖縄豊見城)で暮らしていました。興儀京子さん(58歳)です。

記者:こんにちは。

興儀京子さん:こんにちは、
どうぞ、どうぞどうぞ。

ナレーション・中條誠子:京子さんは、父が亡くなった事故の背景に、核兵器の訓練があった事を初めて知りました。

興儀京子さんの次男・健さん:戦争の時の不発弾じゃなかったんだね。

興儀京子さん:じゃないんだ。あっそっか。訓練中にみたいな感じ。何でこんなことで死んだんだろうって。うん、うん、…。
土地を取られていなかったら、そういうこともなかったと、…。

<沖縄に核兵器を置かせない>

ナレーション・中條誠子:1960年代に入ると、アメリカは更に強力な核兵器を、沖縄に配備していきます。メースB、射程2,400キロ。広島型原爆の、およそ70倍の威力の核弾頭を搭載した、核ミサイルです。アメリカ軍は、メースBが核兵器である事は伏せて、配備計画を発表。基地の建設に乗り出します。しかし、基地建設のために雇われた沖縄の人々の間で、メースBが核兵器ではないかと噂が広がります。やがて、沖縄の新聞も、アメリカでの取材を基に、メースBを核ミサイルとして報じるようになります。
「沖縄に核兵器を置かせない。」
琉球政府の議員たちは、配備中止を求めて、日本政府に協力を要請しました。沖縄の声を、日本政府はどう受け止めたのか。当時の外務大臣小坂善太郎と、アメリカ国務長官ラスクの会談の記録が残されていました。小坂が懸念していたのは、沖縄の世論の高まりでした。

<外務大臣(当時)・小坂善太郎の人をバカにした発言>

外務大臣(当時)・小坂善太郎:沖縄にメースなどの武器を持ち込まれる際、事前に一々発表されるため議論が起きているが、これを事前には発表しないことができないか。

ナレーション・中條誠子:これにアメリカ側は反論します。

アメリカ国務長官・ラスク:アメリカの手続きとして、何らかの発表を行うことは必要と思われる。

外務大臣(当時)・小坂善太郎:事後に判明する場合には、今更騒いでも仕方がないということで、論議は割合におきない。事前に発表されると、なぜ止めないかといって、日本政府が責められる結果になる。

元琉球政府議員 立法院議員・古堅実吉さん(88歳):バカにしてるね…。

ナレーション・中條誠子:メースBの配備中止を求めていた、元琉球政府議員の古堅実吉さんです。今回初めて、日本政府の対応を知りました。

元琉球政府議員 立法院議員・古堅実吉さん(88歳):「なぜ止めないかといって日本政府が責められる結果となる」、怒りがわいてくるね、これ。県民を騙して、穏やかにやりなさいってことでしょう。唯一の被爆国の外務大臣が、…。

ナレーション・中條誠子:1962年、沖縄の人々の要請は無視され、4つのメースB発射基地が完成します。沖縄から、敵国を核ミサイルで攻撃する態勢が、整えられたのです。アメリカの核拠点として、ますます強化されていく中、沖縄が核戦争の瀬戸際に立たされていた事が浮かび上がってきました。

<核戦争 破壊の危機>

ケネディ大統領:キューバに核ミサイルが配備されている。

ナレーション・中條誠子:1962年に起きたキューバ危機。ソビエトがひそかに、アメリカの喉元キューバに、核ミサイルを持ち込んでいたのです。米ソは一触即発となり、核戦争の恐怖が広がりました。沖縄のメースB発射基地。緊迫した空気に包まれていました。当時、メースB基地で任務に当たっていた、ロバート・オハネソン氏74歳です。

メースB部隊 元兵士・ロバート・オハネソン氏(74歳):信じられない。

ナレーション・中條誠子:基地の跡地を半世紀ぶりに訪れました。

メースB部隊 元兵士・ロバート・オハネソン氏(74歳):ここは、かつて戦争のただ中にあった。今はなんて静かなんだ。

ナレーション・中條誠子:初めてテレビカメラが入った基地の内部。

メースB部隊 元兵士・ロバート・オハネソン氏(74歳):この先はミサイル発射台です。そして、この先にあったのが司令室です。

ナレーション・中條誠子:キューバ危機の際、オハネソン氏は司令室で、任務に当たっていたといいます。最高機密だった、その室内の写真を入手しました。攻撃目標を入力する装置。トップ・シークレットとあります。メースBが、どこを狙っていたのかは、発射に関わる一部の兵士だけが知る情報でした。オハネソン氏はその情報を知る一人でした。

メースB部隊 元兵士・ロバート・オハネソン氏(74歳):ターゲットは、中国でした。私たちにとって中国こそが脅威だったのです。

ナレーション・中條誠子:長く友好関係を保ってきた、ソビエトと中国。アメリカは、一体の敵と見なしていたのです。ソビエトへの攻撃の際には、同時に沖縄から中国を攻撃する。沖縄の核は、世界を巻き込む全面戦争の引き金となる、可能性があったのです。アメリカ軍は、この時史上初めて核戦争への準備を意味する、DEFCON2(核戦争の準備態勢)を宣言します。

メースB部隊 元兵士・ロバート・オハネソン氏(74歳):深刻な事態になりました。私たちは、メースBの発射準備を行いました。司令室の外に出ることは許されませんでした。もし、DEFCON1(核戦争突入)になったら、ただちにメースBを発射するのです。世界中で不安が広がっていましたが、私たちの緊張は別次元でした。

ナレーション・中條誠子:メースBの準備状況を伝える表示は、「HOT」、いつでも発射できる態勢が、整っていたのです。沖縄のほかの部隊にも、緊急の命令が下されました。嘉手納の核弾薬庫で任務に当たっていた、ポール・カーペンター氏(78歳)、当時の指令書を今も保管していました。

核兵器整備部隊 元兵士・ポール・カーペンター氏(78歳):3人に任務が与えられました。最高機密です。行き先は韓国の基地でした。

ナレーション・中條誠子:この時カーペンター氏は、核兵器に搭載するプルトニウムを、韓国の空軍基地に輸送したといいます。沖縄は、緊急時に、日本本土や韓国に、核兵器を供給する拠点となっていたのです。

核兵器整備部隊 元兵士・ポール・カーペンター氏(78歳):私が運んだプルトニウムは、韓国の基地で核爆弾に搭載され、爆撃機に装備されることになっていました。私は輸送機の窓の外を眺めながら考えていました。これは本当に核戦争が始まるんだろうと。

ナレーション・中條誠子:当時カーペンター氏は、沖縄で出会った良子さんと結婚し、3人の子どもと共に、嘉手納基地で暮らしていました。危機が迫っている事を、家族に知らせる事もできずに、任務に当たっていた苦悩を打ち明けました。

核兵器整備部隊 元兵士・ポール・カーペンター氏(78歳):家族には二度と会えないと思っていました。

記者?:世界が終るから?

核兵器整備部隊 元兵士・ポール・カーペンター氏(78歳):世界が終るというより、沖縄が終るだろうと思っていました。私たちと同じようにソ連も核兵器を持っていましたから。アメリカ軍の最重要基地である沖縄を、核攻撃しないはずがありません。

<核密約・佐藤とニクソンの間で結ばれていた>

ナレーション・中條誠子:核戦争の危機は、土壇場で回避されました。しかし沖縄は、この時確かに、破滅の瀬戸際にあったのです。キューバ危機のあとも、なお沖縄の核兵器は、増加していきます。1967年ピークを迎え、その数はおよそ1,300発に上ったのです。このころ沖縄では、核兵器の撤去と本土復帰を願う声が高まり、日米両政府もそれを無視できなくなっていました。1969年、総理大臣佐藤栄作とアメリカ大統領ニクソンは、沖縄返還で合意。核兵器の撤去も約束されました。このひとつき後、アメリカ軍が、メースBを撤去している映像です。沖縄の人々が求めていた核の撤去を、アピールしたのです。しかし、沖縄返還と引き換えに、佐藤とニクソンの間で、いわゆる核密約が結ばれていた事が、明らかになっています。

核密約・ナレーション 男性が読む:緊急時には再び沖縄に核兵器を持ち込む。嘉手納、那覇、辺野古の核弾薬庫を使用可能な状態で維持しておく。
(これで政府は白々しく密約はなかったとは言えなくなったね!!!)

ナレーション・中條誠子:今回私たちは、核密約に深く関わった人物に、話を聞く事ができました。当時の国防長官、メルビン・レアード氏です。レアード氏は去年11月94歳で死去。その2か月前、私たちの電話インタビューに応じていました。
(うわーーーーー!なんという奇跡…)

( 呼び出し音)

国防長官(当時)・メルビン レアード氏:Good afternoon。

記者:もしもし、レアードさんですか?

国防長官(当時)・メルビン レアード氏:Yes。

ナレーション・中條誠子:レアード氏は核密約の背景を、こう語りました。

国防長官(当時)・メルビン レアード氏:日本とアメリカは密約の重要性を、お互い認識していた。我々は日本を守り続けたかった。日本は核兵器を持たず丸裸なのだから、核を沖縄に持ち込まないのなら、他の場所を探さなければならない。結局、日本は沖縄を選んだ。それが日本の立場だったよ、公にできないだろうがね。

‘本を守りたいのは,日本をアメリカの都合のいいように使いたいからだよ!
核を沖縄に持ち込まないなら他の場所を探すってことは、
 →これは即ち、今も沖縄には核があると言ってるに等しいと!!!


ナレーション・中條誠子:本土復帰から45年。沖縄には今も、アメリカ軍専用施設の7割が、集中したままです。アメリカ国防総省は取材に対し、「沖縄における核兵器の有無については回答しない」と答えました。一方外務省は、いわゆる核密約について、現在無効だとし、核兵器の持ち込みに関しては、非核三原則を堅持し、いかなる場合にも、これを拒否する方針を示しています。本土復帰前、沖縄の核兵器の大半が貯蔵されていた、嘉手納弾薬庫地区。今も、当時と大きく変わらない規模を、維持しています。かつて、日米の思惑のもと、核の島とされていた沖縄。抑止力の名の下に、基地は残され、今なお、重い負担を背負い続ける現実は、変わらぬままです。
=以上=

皆さん、この最後の文章を、どう解釈されましたか?
この取材班、今も沖縄に核があるという証拠を握ってるんだと思う。
しかし、それを表立って言えない何かがあるんだろうと思うのですね!

抑止力の名の下に、
基地は残され、
今なお、
重い負担を背負い続ける現実は、
変わらぬままです。

やっぱり、まだ沖縄に負担をかけ続けているのだと!
もう、いい加減にせえっと。
米軍は核諸共アメリカに帰れーーーーーって!

以上。約50分、なるべく正確に、全文書き起こしました。
オシマイ!



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