s-20190813阿波おどり




 ●新発見!再発見!令和の阿波おどり
 これでもう“見る阿呆”の最上級へ




●NHK 08月12日 19時58分
徳島 NEWS WEB
令和初の阿波おどり 開幕

https://www3.nhk.or.jp/lnews/tokushima/20190812/8020005371.htm
l

徳島市の阿波おどりが12日夜、開幕し、町全体が踊りの熱気に包まれています。

徳島市の阿波おどりは去年、運営を巡って混乱したことから、ことしから運営が民間の共同事業体に委託されました。

12日夜、市役所前に設けられた演舞場で令和初の阿波おどりの開会式が行われました。

この中で去年、実行委員長を務めた徳島市の遠藤彰良市長は「観客の皆さまに心から楽しんでもらえるように祈念しております。台風が心配ですが、期間中は台風には是非とも近づかないで欲しい」とあいさつしました。

そして、今回から運営を担う共同事業体の代表を務める「キョードー東京」の前田三郎取締役が開幕を宣言すると、会場に踊り手たちが登場し、参加者と一緒に阿波おどりを楽しみながら開幕を祝いました。

今回の阿波おどりは、最大の見せ場の1つ「総おどり」が、4か所の有料演舞場で毎晩、日替わりで行われるなど新たな取り組みも企画されています。

台風10号の接近が懸念されていますが、今のところ今月15日までの4日間、開催される予定で徳島を熱気に包みます。

運営を担う共同事業体の前田取締役は「地元の人たちが協力してくれて心から感謝しています。みんなの笑顔があふれるような阿波おどりにしたい。台風にはなんとかそれて欲しい」と話していました。

北海道から来た80歳の男性は「阿波おどりを見にくるのはことしで5回目です。ことしの阿波おどりは去年よりも盛り上がっている気がします」と話していました。






神奈川・厚木IC付近のLIVEカメラの映像です。
お盆のお出かけにリアルタイムの映像をお役立てください。↑東京方面





東京・元八王子バス停付近のLIVEカメラの映像です。
お盆のお出かけにリアルタイムの映像をお役立てください。↑山梨方面





埼玉・久喜白岡ジャンクション付近のLIVEカメラの映像です。
お盆のお出かけにリアルタイムの映像をお役立てください。↑仙台方面





埼玉・東松山IC付近のLIVEカメラの映像です。
お盆のお出かけにリアルタイムの映像をお役立てください。↑新潟方面





中央道 上野原インターチェンジ ライブカメラ(提供:UTYテレビ山梨)
画面の左が上り(東京方面)、右が下り(甲府方面)です。





さった峠は現在もなお国道1号・東名高速・東海道本線が集中する交通の要衝




●NHK 2019年8月13日 18時13分
超大型台風10号接近 総雨量1000ミリ超のおそれも 早めの備えを
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190813/k10012033071000.html

超大型の台風10号は、暴風域を伴って14日から強い勢力で西日本に近づき、15日ごろに上陸するおそれがあります。台風が接近する前から、猛烈な雨や風、しけが予想され、降り始めからの雨の量は、多いところで1000ミリを超えるおそれがあります。早めの備えを心がけてください。

気象庁によりますと、超大型の台風10号は13日午後6時には鹿児島県の種子島の南東460キロの海上を1時間に15キロの速さで西北西へ進んでいます。

中心の気圧は965ヘクトパスカル、最大風速は30メートル、最大瞬間風速は40メートルで、中心から半径330キロ以内では風速25メートル以上の暴風が吹いています。

台風は今後、発達して14日までに強い勢力となり、暴風域を伴って15日には四国や九州に上陸するおそれがあります。

西日本や東日本の太平洋側ではこれから非常に強い風が吹き、九州南部では14日にかけての最大風速が30メートル、最大瞬間風速が45メートルと猛烈な風が予想されています。

海上は広い範囲で大しけとなり、四国では14日にかけての波の高さが10メートルと猛烈なしけが予想されています。

台風による湿った空気の影響で、西日本と東日本の太平洋側ではこれから南東斜面を中心に非常に激しい雨が降り、14日と15日は台風周辺の発達した雨雲がかかって、局地的に1時間に80ミリ以上の猛烈な雨が降る見込みです。

14日夕方までの24時間に降る雨の量はいずれも多いところで
▽東海で300ミリ
▽近畿と四国、九州北部と南部で250ミリ
▽沖縄地方で150ミリ
▽奄美地方で120ミリと予想されています。

その後、15日夕方までの24時間には
▽四国で800ミリから1000ミリ
▽東海と近畿で400ミリから600ミリ
▽九州北部で300ミリから400ミリ
▽九州南部と中国地方で200ミリから300ミリ
▽関東甲信で100ミリから150ミリの雨が降る見込みです。

台風が通過したあとも湿った空気の影響で雨が降り続き、降り始めからの雨量は多いところで1000ミリを超える大雨となるおそれがあります。

お盆休みの期間中に大荒れの天気となる見込みで、暴風や高波、高潮に加え、雨量が多くなる地域では土砂災害や浸水、川の氾濫の危険性が非常に高まるおそれがあります。

気象庁は最新の台風情報を確認し、早めに備えを進めるよう呼びかけています。

台風に備え漁船をロープで固定 宮崎 日南
全国有数のまぐろ漁の拠点となっている宮崎県日南市の油津漁港では、13日朝、漁業者たちが漁船をロープで固定する作業に当たりました。

船体が強風であおられ、岸壁に衝突して壊れるのを防ぐためで、漁業者たちは船の四方にロープを張って岸壁から数メートル離れた場所に船をしっかりと固定していました。

漁業者の1人は「先週に続いてまた台風が来て大変です。今度の台風には、できるだけそれてほしいです」と話していました。

政府 情報連絡室を設置
政府は超大型の台風10号が西日本に接近し、上陸するおそれがあることを受けて、13日午前10時、総理大臣官邸の危機管理センターに「情報連絡室」を設置し、情報収集と警戒にあたっています。



  当  ブ  ロ  グ  へ  の
  皆 様 の ご 支 援 に 感 謝 致 し ま す! あ り が と う ご ざ い ま す!







ペルセウス座流星群ライブ2019 8月13日(火)
























  戦争へ進む時代を、日本会議ならぬ日本新聞と天皇機関説攻撃を軸に構成した
   #NHKスペシャル 「かくて“自由”は死せり〜ある新聞と戦争への道」。
  日本主義者へと変節した元大正デモクラットは終戦時の日記を破り捨て、
  機関説攻撃の天皇主義者蓑田胸喜は自殺する。
  この2人の破綻を繰り返す愚者の跋扈なう。










●【NHKスペシャル】「かくて“自由”は死せり〜ある新聞と戦争への道〜」【2019.08.12】
2019年8月12日(月) 午後10時00分〜10時49分
なぜ日本人は、戦争への道を歩むことを選択したのか。これまで"空白"だった道程を浮かび上がらせる第一級の史料を入手した。治安維持法制定時の司法大臣・小川平吉が創刊した戦前最大の右派メディア「日本新聞」である。1925〜35年に発行された約3千日分が今回発見された。発刊当時、言論界は大正デモクラシーの全盛期。マイナーな存在だった"国家主義者"は、「日本新聞」を舞台に「デモクラシー=自由主義」への攻撃を開始する。同志の名簿には、後に総理大臣となる近衛文麿、右翼の源流と言われる頭山満などの実力者が名を連ねていた。国内に共産主義の思想が広まることを恐れた人たちが、日本新聞を支持したのである。さらに取材を重ねると、日本新聞は地方の読者に直接働きかける運動を展開していたことも明らかになってきた。そして、ロンドン海軍軍縮条約、天皇機関説排撃など、日本新聞が重視した事件がことごとく、社会から自由を失わせ軍の台頭を招く契機となっていく。知られざる日本新聞10年の活動をたどり、昭和の"裏面史"を浮かび上がらせる。
※登場人物に扮した俳優が、当時の原稿や発言を朗読。小川平吉役は、伊武雅刀さん。他に石丸幹二さん、正名僕蔵さん、小林勝也さん、高瀬哲朗さんが出演。
【出演】伊武雅刀,石丸幹二,正名僕蔵,小林勝也,高瀬哲朗
【語り】鈴木陽丈
番組HP:http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20190812
---------------------------------------------------------------------
2019年8月12日放送 22:00 - 22:50 NHK総合
NHKスペシャル
「かくて“自由”は死せり〜ある新聞と戦争への道〜」


オープニング
4月に民族主義を掲げる団体が、総理大臣を襲撃して死に至らしめた佐郷屋留雄のために集結していた。戦後、民主的な政治を推し進めて国民から絶大な支持を得ていた総理大臣だった。この後、右派によるテロやクーデターが勃発した。右派は天皇が統治する国家体制を絶対視し、その破壊に繋がる社会のあり方を激しく糾弾していた。日本新聞が創刊されたが、その後日本は戦争へと突入していく。

かくて“自由”は死せり ある新聞と戦争への道
小川元氏は明治期から衆議院議員をつとめ、日本新聞創刊者でもあった小川平吉の孫だった。小川平吉は司法大臣として治安維持法にかかわるなど、国粋主義者として知られていた。大正4年に日本新聞は発行され「日本主義」という思想を広めようとしていた。天皇が統治する独自の国家体制、いわゆる国体で日本を礼賛する記事を数多く発生させていた。創刊時、新聞の主張に賛同した会員には後に戦争を主導する事になる総理大臣の近衛文麿の名前などがあった。その一方で「日本主義」は古い世界として、言論や学術の世界から受け入れられていなかった。創刊初期の共産主義化によって国体化が破壊されるという危機感をあおっていた。当時は大正デモクラシーで、言論などの自由を主張していた。今回発見された日本新聞は3千日分で、見出しに使用されている言葉を拾い出してみた。すると、意に沿わない人物に対して「非国民」などとレッテルを貼り、攻撃していた事が明らかになった。

長野県飯田市では青年団の活動が盛んで、最新の思想を学ぶ勉強会が頻繁に行われていた。地元の歴史研究所に、青年団にかかわった人達の肉声が残されていた。中には小学校の音楽教師を勤めていた小林八十吉のものもあった。八十吉と同じ大地主に残されていた手紙が残されていた。手紙には地方の有力者を取り込み、周辺にその輪を取り込もうとするものだった。

中谷武世は岸信介と親しく国の中枢と人脈を持つことになる人物だった。日本新聞では民俗学者として社説などを発表していた。各地の青年たちに日本主義を広める活動も行っていた。小林八十吉もそこに参加し、日本新聞をとったという。日本主義者達は議会政治も攻撃した。藩閥や元老など一部の権力者による政治が長く続き、普通選挙制度が導入されたのは1925年。立憲政友会の鳩山一郎は自由に議論を戦わせる政治を訴え、多くの国民がそれを支持した。

小川平吉の遺品からアジアの巨大な地図が見つかった。傀儡国家を作ることになる中国東北部がピンクで示してあった。浜口雄幸内閣が軍縮条約に調印。国民は軍縮を歓迎したが、日本新聞は浜口内閣は憲法違反というキャンペーンを展開した。統帥権を侵したという主張である。この統帥権が議会から自由な議論を奪っていくこととなった。軍部は統帥権を御旗にあらゆる意見を退けるようになっていくのである。1930年から日本は昭和恐慌で不況に転落していく。この状況に憤った青年たちが求心化した日本主義に共鳴していった。その1人である佐郷屋留雄が浜口雄幸を射殺した。佐郷屋の息子はその瞬間の様子を「申し訳ないと思った」と聞いたという。中谷武世はこの銃殺に関わっていたと後々明かした。

1931年に満州事変が勃発。音楽を教えていた小林八十吉は当時について「芸術教育は俺の時代はダメだったなという気がして小学校を辞めた」と語った。少し前まで軍縮を歓迎していた人々は閉塞した社会状況の中で満州への進行に熱狂した。日本主義者たちは満州事変を聖戦と礼賛した。そして国会改造を訴えるテロやクーデターが連鎖していき、国民の多くはテロリストたちに同情を寄せるようになっていった。その頃小林八十吉は日本主義の政治活動に加わったという。

1935年に日本新聞に頻出するようになった機関説 という言葉。天皇機関説とは天皇を法人としての国家の最高機関に位置づける考え方で、大正デモクラシーを支えていた美濃部達吉の憲法解釈。美濃部を糾弾した思想家蓑田胸喜は天皇を崇拝していた。陸軍は日本新聞での蓑田の機関説攻撃を利用した。陸軍大臣の林銑十郎は議会で天皇機関説を明確に否定し、国民もその運動に加担していき、天皇機関説は葬り去られた。美濃部は銃撃され、重傷を負った。この年日本新聞は休刊を宣言した。小川平吉は1942年にこの世を去った。そして太平洋戦争に突き進んだ日本は国土が焦土と化した。蓑田胸喜は敗戦から半年後に自殺していた。小林八十吉は大政翼賛会として戦争への協力を呼びかけ続けた。1945年7月13日から終戦の日まで八十吉の日記を切り取られていた。

エンディング
エンディング映像が流れた。



 最後まで読んでいただきありがとうございました!
 2つのblogランキングに参加中! ポチッ! ヨロシク~♪
  人気ブログランキングへ  にほんブログ村 ニュースブログへ