s-20191209中村哲医師


この写真と共に、ペルシャ語で以下のように書かれていた。
「アフガニスタンの人々のために奉仕してきた人物が、
残念ながら活動中に亡くなりました。
故人となった中村医師、
アフガニスタンの人々はいつまでもあなたの貢献に恩義を感じることでしょう」

شخصیت که خدمت به مردم افغانستان را بر راحتی با فامیلش ترجیح داد، متاسفانه در جریان خدمت جان باخت.
مرحوم داکتر ناکامورا، مردم افغانستان همیشه مدیون خدمات شما خواهد بود.

The character who chose to serve the people of Afghanistan over comfort with his family, unfortunately, lost his life during the service of the service. The late Dr. Nakamura, the people of Afghanistan will always be indebted to your services.




 中村医師とともに、
 銃撃を受けてお亡くなりになった護衛の5人の方々に、 
 「謹んで哀悼の意を表します」

 今、。。。
 護衛が居る国で活動する難しさを感じています。  
 彼ら5人の方々にも家庭があるわけで、
 ナンとも言えなくなるわけで、…。

 頭の中、グルグルだわ、。。。。。

 


















【毎週土曜ひる0時放送「関口宏の人生の詩供廖
医師の中村哲さんの「人生の金言」とは?







中村哲 ペシャワール会現地代表 2016.8.26


中村哲 ペシャワール会現地代表 2016.8.26
Tetsu Nakamura
アフガニスタンで用水路灌漑などの支援事業を続けるペシャワール会の
中村哲氏が会見し、記者の質問に答えた。
司会 原田正隆 前日本記者クラブ企画委員(西日本新聞)
http://www.jnpc.or.jp/activities/news...






2016年9月10日 ETV特集「武器ではなく 命の水を〜医師・中村哲とアフガニスタン〜」



●【ETV特集】 アンコール「武器ではなく 命の水を〜医師・中村哲とアフガニスタン 【2016.09.10】
第17回ワールド・メディア・フェスティバル インターメディア・グローブ 金賞
/第33回ATP賞テレビグランプリ ドキュメンタリー部門 優秀賞 受賞
番組内容
アメリカ同時多発テロから15年。今も戦乱の続くアフガニスタンで干ばつと闘う日本人がいる。医師・中村哲(69)。「武器や戦車では解決しない。農業復活こそがアフガン復興の礎だ」。中村は白衣を脱ぎ、用水路の建設に乗り出した。15年たったいま、干ばつの大地には緑がよみがえり、人々の平穏な営みが再び始まろうとしている。戦乱の地アフガニスタンに必要な支援とは何か。15年にわたる中村の不屈の歩みを通して考える。
【出演】医師…中村哲,【語り】中里雅子,【朗読】長谷川勝彦
番組HP:https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/20/2259544/index.html



  当  ブ  ロ  グ  へ  の
  皆 様 の ご 支 援 に 感 謝 致 し ま す! あ り が と う ご ざ い ま す!









  ●2008年8月
  アフガニスタンで非政府組織「ペシャワール会」スタッフ伊藤和也さん(当時31歳)
  が拉致され、翌日遺体で発見される。

  その、
  伊藤和也さんが、
  ワーカー(現地で働く人)志望の動機、
  全文を下記に記します。  
     



  ワーカー(現地で働く人)志望の動機
  伊藤和也

 私がワーカーを志望した動機は、アフガニスタンに行き、私ができることをやりたい、そう思ったからです。私が、アフガニスタンという国を知ったのは、2001年の9・11同時多発テロに対するアメリカの報復爆撃によってです。

 その時まで、周辺国であるパキスタンやイランといった国は知っているのに、アフガニスタンという国を全く知りませんでした。

 「アフガニスタンは、忘れさられた国である」

 この言葉は、私がペシャワール会を知る前から入会している「カレーズの会」の理事長であり、アフガニスタン人でもある医師のレシャード・カレッド先生が言われたことです。今ならうなずけます。

 私がなぜアフガニスタンに関心を持つようになったのか。

 それは、アフガニスタンの復興に関係するニュースが流れている時に見た農業支援という言葉からです。

 このこと以降、アフガニスタンに対しての興味を持ち、「風の学校」の設立者である中田正一先生の番組、偶然新聞で見つけたカレーズの会の活動、そして、カレーズの会の活動に参加している時に見せてもらったペシャワール会の会報とその活動をテーマにしたマンガ、それらを通して現地にいきたい気持ちが、強くなりました。
    
 私は、関心がないことには、まったくと言っていいほど反応しない性格です。

 反応したとしても、すぐに、忘れてしまうか、流してしまいます。その反面、関心を持ったことはとことんやってみたい、やらなければ気がすまないといった面があり、今回は、後者です。

 私の現在の力量を判断すると、語学は、はっきりいってダメです。農業の分野に関しても、経験・知識ともに不足していることは否定できません。ただ私は、現地の人たちと一緒に成長していきたいと考えています。

 私が目指していること、アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に、戻すことをお手伝いしたいということです。これは2年や3年で出来ることではありません。子どもたちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることができるよう、力になれればと考えています。甘い考えかもしれないし、行ったとしても現地の厳しい環境に耐えられるのかどうかもわかりません。

 しかし、現地に行かなければ、何も始まらない。
 そう考えて、今回、日本人ワーカーを希望しました。
 2003・6・15


  銃撃されて若き青年が亡くなった時の中村医師の言葉です。

  一昨年から活動に対して脅迫めいたものも続き、
  日本大使館からは極力用心するように言われていたという。

  「昨年が一番多かった。日本人を拉致する計画があるとの内容だった。
  荒唐無稽(こうとうむけい)な内容で、
  韓国人の拉致事件を模倣したいたずらだと考えていた」

  「犯人が村人に追われて逃げる途中、(伊藤さんは)撃たれて死亡したようだ。
  単なる強盗、身代金目当てで、政治的なものではないと思う。
  われわれの治安悪化に対する認識が甘かった。
  伊藤君をここまで(現地に)滞在させたわたしが悪い」
  っと、。。。。。

  
  師弟が銃撃されて亡くなる。
  運命とはいえ、余りにも理不尽だと思いました。

  アフガンの復興に心血を注いだ師弟が、
  よりにもよって、アフガンの地で銃撃によって命を断たれてしまう。
  どうしてだって、その気持が頭の中、グルグルだわ、。。。

 
  
  ご訃報に接し、
  衷心より哀悼の意を表します。
  心安らかにお眠り下さい、。。。 
 
  



 最後まで読んでいただきありがとうございました!
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