香坂の有志が集まって開かれた座談会に、ゲストとして呼んで頂きました。
いつものお話会は、私が佐久の未来についてちょっとお話して、皆さんの意見を沢山聞かせていただく会ですが、今回は、地域の皆さんが自主的に集う場に第3者として参加させていただくという機会に恵まれました。

普段のお話会の時には、どうしても何らかの回答を用意しがちなのですが、今回は違います。皆さんが議論する「場」に居合わせて、同じ情報を共有し、同じ目線で物事を見て考えてみる。という自然体で臨みました。

”今、香坂で何が起こっているか?”という現実の共有から始まった議論は、皆さんが案ずる世帯数や子供の減、地区の行事の廃止など、なんとなく普通の流れで進んでいたのですが、「香坂川と志賀川と霞川が来年から渓流釣り専用河川(投網禁止)になるから、釣り客が増えるよ。」という発言で場の雰囲気がガラッと変わりました。
「釣り客が増えると香坂にどんなメリットがあるの?」、「釣り客誘致のための河川整備を区でやれなんて事になっても誰もやらないよ。」、「田んぼの畦や畑に車停められて、いためられちゃうだけじゃないの?」、「そもそも漁協は、地元に相談もなくなんでそんなことを決めるの?」と喧々がくがくです。

釣り客は「外部者」、香坂に住む「内部者」から見たら、まず自分達の益を考えるのが当然です。益といっても「経済的収入」や「精神的幸福」などいろいろなものがありますが、この場合、外部者が得る益は明確です。大きな岩魚を自然河川で釣れるようになるのですから、これは人気が出るかもしれません。一方で、そこに住む人たちは入漁権収入の一部をもらえるらしいですが、それは僅かなもの。そのために提供するサービスや環境の悪化を考えたら二の足を踏むのは当然のような気がします。

地元の子供達に魚のつかみ取りをさせてあげる、という話が出てきて、漸く香坂川を地元の資源として住む人たちのためにどう活用していくかの議論が始まりました。やはり、自分達が自分達のために使うところから議論が始まらないとしっくり来ませんね。渓流釣り専用河川の話も、村を流れる川をいかに地元の資源として活用できるか、という原点から議論できれば、良い活用方法が生まれそうです。

閼伽流山にトイレを設置して行きやすくして、地元の人が歴史や自然を案内して、コミュニティスクールに開放する、という直ぐにでもできそうなアイデアも出されました。やはり、皆さん、経済的な益ではなくて、子供達のためとか未来のため、地域のために行動すると言うところに益(幸福感、使命感)を見出している人が多いようです。

一方で、経済的益とも深く関連する農業従事者減少問題については、「生まれたときから土地に縛られて、定年になってさあ農業を、と言われても結構な資金が必要で、あれこれ買ったら退職金が無くなったし、体力だってもう持たない。あまり簡単に農業を勧めるもんじゃあないよ。」という実体験も。そうそう簡単に進む話ではありません。株式会社化とかは大規模な優良農地には幾許かの可能性が残されているかもしれませんが、中山間地の細切れの土地は「農地中間管理機構」に登録しても、借り手がないのが実情です。

さて、話は戻りますが、志賀川沿いに住む身としては、岩魚が釣れる川になるよりも。昔ながらの”にがっぱや”(あぶらはや)、”じんけん”(オイカワ)や鰍が泳ぐ川のままの方が嬉しいとし楽しいと言うのが本音です。
子供達にとっても、持ってきた岩魚をつかみ取りさせるよりも、川底の石に手を突っ込み、自然に住むオイカワをつかませて上げた方が何百倍も感動してくれるような気がします。