「2月24日15:00に佐久市の施設を爆破する」という内容のメールが市役所のホームページに投稿されたのが2月18日の事だそうです。そしてそれを担当者がチェックして上司に上げたのが2月23日の午後。23日の夕刻、佐久市は緊急放送や緊急連絡網で大混乱でした。市関連施設の爆破予告時間前後の閉鎖や保育園、小中学校の午後休校等、慌しい対策が施されたようです。
このため特に小さい子供を持つご家庭は子供達の送り迎えや保護等に追われ、会社を欠勤した保護者も多いと聞きました。

先ず、何事も起こらなかったことに感謝しましょう。狂言であれ、模倣犯であれ、大切な人の命が奪われなかった事に感謝しましょう。
その上で、今回の事件における市役所の対応を考察してみましょう。大きな政策判断をしたとき、必ず必要なのがそれをチェックして、反省し、対策を練り、次に活かすのが行政の役割です。

まず、基本的な危機管理が全くできていません。「佐久で爆破予告が起きるとは予想もしなかった。」と言う声を聞きましたが、今時メールは世界中どこからでも送信できます。その予告メールの真偽(テロか否か)は別にして、市民の安全安心を守る義務を負った行政として、対処方法が確立も徹底もしていなかったことが明らかになりました。

18日に投稿された爆破予告メールのチェックが23日と言うのは甚だしい職務怠慢です。この点は即刻是正して迅速な市民対応を確実にする体制を再整備する必要があります。18日に処理しておけば、子供達の休校も送り迎えも前広に対応方法を周知することができ、市民の皆さんの混乱を軽減できたでしょう。場合によっては警察の捜査により、いち早い犯人の特定に至ったかもしれません。

23日以降の対応にも問題があります。テロの予告があった場合、そしてその真偽が不明な場合は慎重な対処が求められます。行政として、10万人の安全と安心を守る責務を負った者として、経済価値よりも人命を尊重するのが通常の判断です。
今回佐久市は、保育園や小中学校の部分休校、そして爆破予告時刻前後の市関連施設からの避難(休校により児童館に避難していた子供達も更に館外に避難)、市職員も市庁舎から避難という対応をとったようです。
これは、テロ対策として非常に浅薄な知識と軽薄な判断がもたらした行動だといわざるを得ません。
テロが予告時間通り正確に起こることを前提とした避難計画は大きなリスクをもたらすのは危機管理上の常識です。15:00に爆破予告があり避難は14:30から15:15までの45分間、というのは、”爆破予告が正確無比でこの時間さえ避ければ爆発しても被害が防げる”と判断したのか”爆破予告は狂言だとわかっているから、市民への「一生懸命やっているアピール」でとりあえず避難してみる”という明らかにテロの恐怖を軽視した判断だったのか?どちらの分析も判断も間違っています。特に爆破テロは、一度目のテロの現場に集まった群衆を2度目3度目の標的にすることが多いのですが、単発での爆破であれば、予告と爆破時間をずらせて警戒が緩んだところで被害を大きくするというのもテロ組織の常套手段です。
テロ予告があった場合、特に子供が通う施設や公的施設が含まれている場合は、少なくとも予告時間が含まれる当日は全日閉鎖し、充分な技術と知見を備えた専門家の指揮の下、探索作業、除去作業を行うべきです。そのためには、日頃から警察の担当部局との密な打ち合わせ、職員の行動規範の徹底等、現在実施されていない基礎的な体制を強化する必要があります。
警察、公安部局との連携の下、もし狂言の可能性が高いという判断に至った場合でも、より長時間の退避行動が必要不可欠です。狂言への抑止は警察、司法当局の厳しい対応が必要なことは周知の通り。行政は与えられた権能と責任の中で市民を守りぬかなければなりません。

もし、昨日の爆破予告が本物で、3時30分に市役所で爆発したらどうなったのでしょうか?大勢の市民や市の職員、マスコミの皆さんが死傷を負ったでしょう。

私は、TVに映し出された市役所の避難行動やそれを取材するマスコミの姿を見て悲しくなりました。

「テロって言うのは、本当に起こるものなんだよ。中途半端な状況判断で救える命を無駄にしては絶対にいけないんだよ。臆病といわれても、時間の無駄だといわれても、人の命を守ることを優先するのがリーダーなんだよ。」

私は、海外で数々のテロの現場に居合わせ、そのいくつかの現場では知人を失ったこともあります。現場の責任者として、いかなる重要な仕事を遅らせても部下の命を守ることを優先してきた経験が有ります。何を言われようとも、彼らの命だけは守りぬきました。

テロと言う行為は恐ろしく陰惨なもの。日本では、佐久ではテロは起こらない、などと思わないでください。世界から見たら、日本こそテロの好適地です。
まず、日本がおかれた現実・状況をキチンを理解する。そしてその安全の脆弱性を認識する。自らの命と生活を守るための対策を立て、組織的に機能できるよう訓練する。これは、日本のどこの自治体でも求められる、必要最低限の行動だと思います。

”テロに屈しない”強い姿勢はもちろん重要です。そのためにもテロを充分知ること、それに備えること、これは皆が平和と信じる佐久でさえも、必要不可欠なのが現代なのです。