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佐久市議会議員の飯島さんが主催する「真選組」は、地方議会の議員を目指す人たちや政治に興味を持つ市民の皆さんに、議員活動、政治活動をわかりやすく説明し、多くの市民の皆さんの市政への参画を促そうという興味深い取り組みです。
26日の開催が第11回目。メディア等でも取り上げられ、地域の政治活性化に役立っていると評判の勉強会です。

私は今回が初めての参加です。参加者は主催者を除いて17名。老若男女入り混じっての活気がある会でした。佐久市在住の参加者が多かったようですが、中には市外から寒い中駆けつけた人も数人。

主題は「ビジョン」です。主催者の飯島さんから「ビジョン」「政策」「施策」についての包括的な考え方や、彼の経験に基づくあるべき論が紹介された後は、グループに分かれてディスカッションです。普通こういうディスカッションは、きっかけが作れずに導入でグダグダすることが多いのですが、さすがに何度もやっていらっしゃるのか、ささっと本題の議論に入っていけたのには驚きました。周りのグループの皆さんの議論にも注意してみると、凄く勉強されている人が多いのか、かなり本格的な政策論が交わされています。
我々のグループには、現職の市議会議員がいて、現在ビジョン作りのために佐久中を歩き回っている”政治行政コンサルタント”(これは私ですが)がいて、素晴らしい議論が行われて、素晴らしい結論が導かれたのだろうという期待があったのでしょうか?「なーんだ、プロが考えているのより、僕ら素人が考えている方が、ずーーっと良いんじゃないの?」という声が上がりました。
実際に他の2グループの発表は若く理想に燃えた内容で、今すぐその内容を行動に移して欲しいものでした。こういう若い人たちがどんどん地方政治の世界に飛び込んでくれたら、市政は大分変わるだろうなという期待感が高揚しました。

我々のグループは、現市政の問題点に議論が集中してしまい、わかり易く共感を得て共に責任をもてるような「ビジョン」の設定には至りませんでした。その議論を通じて為された問題提起です。
●ビジョンを掲げるのは市議会議員やその候補ではないんじゃない?ビジョンは市民の総意で作り上げて行くもので、議員の夢を語るためのものではない気がする。
●2元代表制の議決権を持つ議会の一員としての行動の中で、議員一人の責任で決められることは明らかに限られている。ビジョンというか、その議員か追及しようとする理想を持つのは必要だが、それを公約のように使った場合、単なるうそつきになってしまう。

以前から市議会議員や県議会議員のパンフレットを見て疑問に思っていました。その多くの内容は似通ったものですが、明らかにその候補者が責任を持って成し遂げようとする行動がなく、こぴぺの様な美辞麗句が並びます。飯島さんはここに大きな問題提起をして、”自分で責任を持って、自分の言葉でビジョンや政策を示すべき”とおっしゃいました。その通りだと思います。

ただ、私が考える”ビジョン”は少し異なります。
やはり、佐久市のビジョンは10万市民が作り上げるもの。市民の想いや考えを行政が受け止め、理解し共有する。2元代表の市長と議会が市民のための議論を丁々発止とする。そのいかなるプロセスも透明に公開され、どのタイミングでも市民の参画が可能。そうして纏められた”ビジョン”を基に行政、議会、市民が夫々の”ミッション”(使命)を確認し、それを具体化するための”アクション”を遂行する。

10万人の佐久市民がどのような状態になることが望まれるか、がビジョンであり、そのビジョンを限られた資源の中で達成するために、行政の長は何を使命とするのか?市役所の職員の使命は何?議会=議員は何を使命と捉えて立候補するのか?市民としての使命は?そして夫々が使命を遂行するための効果的なアクションは如何に?
これらが夫々の立場で明確に理解され遂行されてこそ、健全なる2元代表制や市民社会が形成されるのだと思います。


ビジョンについて改めて考える機会を与えてくださった飯島さんと、地方政治のミライに光を見せてくださった若き参加者の皆さんに感謝です。

市民の皆さんの想いをいただきに、ムラを回り、お話会を続けます。佐久のビジョンを作り上げるプロセスの第一歩として。