芹ヶ谷だより

美術館スタッフが皆さまにお届けします。

インプリントまちだと町田の記憶

現在開催中の「インプリントまちだ展2020 すむひと⇔くるひと―「アーティスト」がみた町田―」展は、現代作家の作品だけでなく、過去の版画や印刷物をとおして町田の姿を物語る、「ザ・町田」な展覧会です。いまでは駅前のにぎやかさが印象的なこのまちの、「かつて」の姿をのぞいてみませんか?


町田市の北部に位置する小野路町。ここには町田の“記憶”をたぐる手がかりとなる資料が残されています。今回の出品作で最も古い、明治期の銅版画をみてみましょう。(今回この資料をお借りしたのは小野路にある小島資料館。「近藤勇の髑髏の稽古着」など新選組関連の収蔵品で有名です!)

 image1
図1 新井銅板所《小島家銅版画(神奈川県下南多摩郡小野路村 小島守政)》1885年、小島資料館蔵


はがきほどのサイズに、当時質屋を営んだ小島家の様子がこまかく描き残されています。よくみると鍬をかついだ人もみえ、農作物が人びとの生活の糧であったことがわかります。また小島家の2階部分は、こののちに蚕室として改装され蚕の飼育がおこなわれたとか。

町田はかつて、八王子から横浜へと至る生糸の輸送ルート「絹の道」の中継点として栄えました。大正期の絵葉書にも、小野路宿の入り口に建てられた小野路製糸所で女性たちが働く様子が残されています。農作や生糸の生産がさかんだったこの地の記憶を、明治期や大正期の資料が今に伝えてくれています。

 image2
図2 《絵葉書(碓氷社甲寅組小野路製糸所繰糸場)》1914年頃、小野路町・細野家蔵(町田市立自由民権資料館寄託)


さて、この町田の、とりわけ養蚕にまつわる記憶を、現在に掘り起こした作家がいます。2018年に当館にお招きした荒木珠奈氏は、NYのご自宅で蚕を飼いながら(!)、繭をテーマにした作品を制作しました。当時、展示室に出現した大きなハンモックのインスタレーションをご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。


 image3
図3 荒木珠奈「繭」2018年(「インプリントまちだ展2018」展示風景、撮影:Hiro IHARA、制作協力:株式会社アラキ+ササキアーキテクツ、表具工房 楽) ※この作品は本展には展示されていません。

本展では荒木氏の銅版画と、明治期の銅版画、さらに大正期の絵葉書や種紙を並べて展示しています。町田の記憶をとどめる現在と過去の作品のコラボレーションを、ぜひご堪能ください。

インプリントまちだと仲見世商店街


町田駅前にある仲見世商店街。50年以上の歴史をもつレトロな雰囲気のアーケードには、個性的なお店が立ち並んでいます。ごはんのおかずやおやつを買ったり、他ではみつからなかった雑貨がぽんと置かれていたり、地元住民にはなかなか便利な商店街。さらに、ここ数年は個性的な飲食店が次々とオープンし、こだわりの老舗とともに、幅広い世代が訪れる人気スポットとなっています。

この仲見世商店街の方々を描いた作品が、現在開催中の「インプリントまちだ2020すむひと⇔くるひと」展に出品されています!

 
image001
 

描いたのはながさわたかひろ氏。2017年のインプリント展にお招きしたのがきっかけで、小平から移り住んでしまった、今や町田市が誇るアーティストです。ヤクルトスワローズ、そしてFC町田ゼルビアを取材したシリーズが圧倒的な迫力で並んだ3年前の展示をご記憶の方も多いでしょう。

そのながさわ氏が2019年から取り組んでいるのが『愛の肖像画』シリーズ。肖像画を描き、モデルとなった方にコメントを書き込んでもらうことで「愛」を贈るというコンセプトのもと制作しています。今回は展覧会にあわせた新作:仲見世商店街の3軒のお店の店主を描いた作品も展示しています。厚揚げが絶品の市川豆腐店(ぬか漬けもいつも気になる)、こだわりの古書店EUREKA(こんなおしゃれなお店があったとは)、ながさわ氏が町田のラーメンならここと薦める七面ラーメン(地元でも人気)。

詳しくはこちら 

お店のファンの方が美術館に来ていただくもよし、展覧会鑑賞の帰りにお店に立ち寄るもよし。アートと日常がむすびつく経験をぜひお楽しみください。

インプリントまちだ展2020では多数の資料や作品を通して、町田の歴史と文化をさまざまな視点からとらえる展示を行っています。明治期の小野路の資料、1973年に開催された「23万人の個展」、現在発行中のフリーペーパーなどなど。図録も内容充実です。市民が築いてきた町田の文化について考えてみませんか?

館長かわら版 その九

 だいぶ以前のことになりますが、浮世絵の展覧会に足を運んだおり、二人連れの女性の内のお一人が壁に掛かった葛飾北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を見て、「へえ~、ずいぶん小さい絵なのね」と、とても驚いた反応を見せておられたのを目にしたことがあります。北斎の傑作として有名な作品で、海外でも広くGreat Waveの名前で知られています。画面近景には海面にせり上がった巨大な波とそれに翻弄される小舟が描かれ、大波の砕ける先の最遠景に富士山が鎮座しています。モニュメンタルなまでに大きく誇張された波、その波がつくりだす運動のエネルギーがあいまって、とても大きな印象を与える作品です。ポスターや壁画など、さまざまなメディアに取り入れられていることも、この作品の大きさに対する人々の印象に少なからぬ影響を与えているかもしれません。しかしながら、実際の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」の大きさは、江戸時代後期の浮世絵版画の標準的な判型である大判で、縦26㎝、横38㎝ほどに過ぎません。この方はご自身の頭の中のスケール感と、実際の作品の大きさのギャップに驚かれたのです。

 この逆の現象ももちろんあるでしょう。ヨーロッパの美術館の高い壁面に掛けられているルーベンスの神話画を目にしたときは、画集で見るのとはまったく異なるその巨大さに圧倒されたものです。

 前回のブログで、新型コロナによるパンデミックの中で、展示が開けない美術館や博物館が会場の動画をウェブ上で公開する動きが出てきていることに触れました。リモート・ワークが加速するのと同じように、リモート・ミュージアムの動きも進んでいっていいのではないか、と書きましたが、だからといって展示室に足を運ばなくて良くなる、という気持ちはさらさらありません。上に書いたような作品のスケール感は実物を前にしなければわかりません。また、浮世絵を例にとれば、ある程度の圧力をかけて和紙に染料や顔料が刷り込まれた木版画特有の風合いなど、コンピューターのディスプレイを通しては十分伝わりません。

 長く準備完了のまま待機していた当館の「インプリントまちだ展2020」も、ようやく会期を変更してオープンできるようになりました。4年間のシリーズ展の集大成で、インドネシアの新進作家アグン・プラボウォ氏の作品が展示のひとつの核となります。リノカットという版画手法を用いた色鮮やかな作風が特徴で、作者の環境に対する高い意識から用紙は作者手製の再生紙を使っています。その再生紙特有の質感も、実物を間近に眺めることではじめて伝わってきます。また、一枚一枚の版画は部分図であり、それらを複数枚組み合わせてひとつの全体図とした作品、たとえば「自分を失う」などは縦250㎝、横200㎝というように、相当大きな画面になります。実物を前にすると、中核モティーフである人間の半身像が展覧会図録(今回の企画展の図録は、多彩な展示構成を反映して、ちょっと宝石箱のような楽しさもあります)で見るのとはまったく違うスケールで迫ってきます。この作品は急死した作者の父親を追悼するために制作したものということですが、この人物(作者)が呑み込まれようとする悲しみの淵の深さも、実物の画面の大きさを通してのほうがより切実に感じ取れるように思います。

 美術作品はやはり実物をみるに如かず、です。美術館は感染防止の対策をほどこして、皆様のお越しをお待ちしておりますので、ぜひ足をお運び下さい。

selflessness

アグン・プラボウォ《自分を失う》リノカット彫り進み技法、手製の再生紙、2015年、作家蔵



大久保 純一(おおくぼ じゅんいち 町田市立国際版画美術館館長)

ギャラリー
  • インプリントまちだと町田の記憶
  • インプリントまちだと町田の記憶
  • インプリントまちだと町田の記憶
  • インプリントまちだと仲見世商店街
  • 館長かわら版 その九
  • 館長かわら版 その六
  • 小学校書写展がはじまりました。
  • 小学校書写展がはじまりました。
  • 小学校書写展がはじまりました。
  • 小学校書写展がはじまりました。
  • 元気いっぱい。小学生の作品展が始まりました。
  • 元気いっぱい。小学生の作品展が始まりました。
  • 館長かわら版 その五
  • 館長かわら版 その五
  • 中学生の力作を見に来ませんか?
  • 中学生の力作を見に来ませんか?
記事検索
プロフィール

hanga_museum

QRコード
QRコード