美術館や博物館で展覧会を企画・開催したことのある学芸員なら、会期終了時に一抹(いちまつ)の寂しさを感じたことのある人は少なくないと思います。長い時間をかけて準備し、多くの来館者(期待にはずれ多くないときもありますが)に見ていただいた展示が、まもなく影も形もなくなってしまうということの寂しさです。展示作品を撤収し、所蔵者に無事にお返しするまでは最終的に終了したことにはならないのでしょうが、作品がつぎつぎに壁や展示ケースから外され、会場がどんどん空になっていくのを見るときの気持ちを、「一抹の寂しさ」という言葉で表現するには、まだ何か足りないのかもしれません。「ああ、消えてしまう…」という、喪失感(そうしつかん)にも似た何ともいえない感覚です。もちろん、図録を作成した展覧会であればそれがひとつの成果として残るのですが、自分の構想のもとで作品を配列した会場そのものを残すことはできません。
今回なぜこんなことを書いたかといいますと、4月21日の朝日新聞夕刊に休止中の展覧会を生中継する「ニコニコ美術館」が紹介されていたからです。私は最新の情報技術にとんと疎いので(このブログのアップも美術館の学芸スタッフに完全におんぶにだっこです)、この記事ではじめてドワンゴが制作・運営する「ニコニコ美術館」の存在を知りました。登録とか要るのか? 、画面を横切るこの文字の嵐は何?などとコロナで休校・帰省中の大学生の娘に聞きながらこわごわ見てみると、実に2時間にもおよぶ長尺で展覧会が生中継で紹介されており(放送終了後、タイムシフト視聴も可能です。「タイムシフト視聴」て何? 、と娘に聞いたことは申すまでもありません)。担当学芸員とゲストの文化人との掛け合いも面白く、時代も進んだなあ、と年より臭いため息をついたのです。
これほどの規模でなくとも、この番組コロナの感染拡大で準備はできたものの開館できずにいる美術館が、you tubeなどに展示室内の紹介映像をアップしてきている例が他にもずいぶんあることを知りました。「ニコニコ美術館」の番組が一定の視聴可能期間後どうなるか私は知りませんし、また美術館が独自に制作し広報用にyou tubeにアップしているものは短時間のものが多いようです。しかしながら、こうした動画を展覧会の企画の最初から計画に織り込み、内容を練りこんである程度の長さのものに仕立て上げることができれば、展示室全体の記録としてあとに残すことができます。展示にインスタレーションがさかんに取り入れられる近年の美術展ならさおさら有意義でしょう。
美術館ではありませんが、千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館(通称「歴博」)では、企画展ごとに「記録映像」なるものを作成しています。プロの映像会社の手を借りて、展示のコンセプトと展示室の風景、展示構成の順におもな展示資料を紹介しつつ展示を20分ほどの映像で記録しているのです。ナレーションもプロのアナウンサーがおこなっており、出来上がった動画は館内のライブラリーで来館者が視聴できるようにしています。図録という形だけでなく、映像という形でも展示の内容が残るのです。
こうした試みには、もちろんささまざまな面でハードルはあるでしょう。映像会社に作成のサポートをたのむと当然それなりに経費もかかりますし(歴博の場合は、展示図録の作成経費の数分の一でできるそうです)、さまざまな権利関係の制約から、ディティールまでわかるアップの撮影ができるのは、館蔵品など一部の作品に限られるかもしれません。撮影そのものは展示室の準備が整った後でなければできませんので、図録作成や展示作業などを終えて疲れたうえに、台本の確認や映像チェックなど、もうひと仕事が待っていることにもなりますが。
現在新型コロナのために閉じている展覧会の中には、不幸にしてオープンできないままに会期終了を迎えるところもあるかもしれません。そうなってしまったら、たとえ図録が残ったとしても、展示を担当した学芸員が感じる虚しさや無念さは「一抹の寂しさ」の比ではないでしょう。せめて映像のかたちで展覧会のありようを残せれば、せめてもの慰めになりますし、なにより、それを館内のライブラリーで提供したり、ネットで動画配信できたりすれば、その展示を見ることを期待していた人たちにとってもうれしいものとなったでしょう。
平時においてもこうした映像があれば、事情があって会期中には観覧できなかった人が、図録片手に展示を理解する大きな助けとなるはずですし、なによりも、展示のかたちを総合的に後世に残すという意味で、文化的な意義もけっして小さくないと思われるのです。
今回の新型コロナ禍をきっかけに日本でもリモート・ワークが加速するのでは、などと言われていますが、リモート・ミュージアムの動きが進んでいってもいいのかもしれないなどと想像しているのです。
大久保 純一(おおくぼ じゅんいち 町田市立国際版画美術館館長)