芹ヶ谷だより

美術館スタッフが皆さまにお届けします。

2020年07月

アグン・プラボウォのアトリエ:バリ島ウブド


 「すむひと⇔くるひと展」の招へい作家アグン・プラボウォさんは、インドネシア・バリ島のウブドに住んでいます。島の中心部に位置するウブドは、ダウンタウンやビーチから離れた静かな森の中にあります。美しい田園風景に魅了され、国内外のアーティストたちが移り住んできた「芸術の村」でもあります。

IMG_0396 雨季も終わりかけている3月、作品をお借りするためにバリ島を訪れました。アグンさんの自宅兼アトリエは田園地帯にあり、陶芸家の妻プティさんと子どもたちの他に、制作アシスタント、彼らを訪ねてきたアーティストなど、様々な人々が集まります。開け放たれたドアや窓からは、動物たちが入り込むこともありました。




IMG_0386
 ウブドで過ごした3日間で確信したのは、アグンさんが作品で表現しているのは必ずしも幻想の風景ではなく、ときに現実の風景だったということです。
例えば、本展で展示されている《運命の門》(
2018年、作家蔵)は、アグンさんがジャワ島のバンドンからウブドに移住したことを題材にした作品です。門に張り付いている小さなトカゲや、中央の人物がつまんでいるネズミは、いずれも短い滞在中に私が目にしたものによく似ています。

 アグンさんの暮らしは自然に溢れていて、彼の世界ではさまざまな動植物が絶えず動き回っています。ウブドを訪れたことのある人は、彼のにぎやかな作品を見るだけで、まるで現地を訪れたような気持ちになるかもしれません。

 今アグンさんの作品が見られるのは、日本では町田市立国際版画美術館だけ。約70点の作品は、その全てが本邦初公開です!7月19日(日)には、学芸員によるギャラリートークと、アグンさんのインスタライブも行います。ぜひこの夏は、美術館からバリ島に思いを巡らせませんか?


(高野)








館長かわら版 その十

大都市に対しては、ステレオタイプ的なイメージが形成されることが少なくありません。たとえば、欧米のテレビが東京の街を紹介するとき、よく映し出されるのが渋谷のスクランブル交差点や新宿の大ガードです(前者は先般の緊急事態宣言下で、東京都心の人出の減少を示す映像としても繰り返し使われましたが)。海外からは人波で溢れる都市イメージが持たれているからでしょう(無論、間違ってませんが)。繰り返し同じ街角の映像が刷り込まれることで、なおさら都市に対するイメージは固定化されていきます。
 しかしながら、そうした固定観念が無い旅行者がはじめて訪れた都市を描くとどうなるのでしょう。江戸時代に通信使(外交団)の一員として江戸にやってきた朝鮮人絵師の描いた江戸の街の画像がソウルの国立中央博物館に所蔵されていますが、江戸湾に面した市街地の中には無数の塔のような構造物が林立しています。最初、その絵を見たとき一体何を描いたのか分かりませんでしたが、しばらく考えて火の見櫓であることに思い至りました。火災の多かった江戸では、市街地や大名屋敷内などに多数の火の見櫓が建てられていましたが、その光景が外国の使節の目には珍しいものと映ったのでしょう。江戸の絵師が描いた江戸の全景図では、火の見櫓はそれほど目立つようには描かれていません。日頃見慣れているから、絵師の関心をひかなかったのかもしれません。
 現在当館で開催中の企画展示「インプリントまちだ展2020 すむひと⇔くるひと」で展示の中心となっているのは、インドネシアの新進版画家アグン・プラボウォさんの作品です。会場でとくに目をひくのが、彼が町田市のために制作した巨大な画面の3部作「不安のプラズマを採取する」「東京の夏の夜 故郷の大火」「希望のプラズマを抽出する」です。来日前、滞在中、帰国後という、三つの異なる時点における東京および町田市に対するイメージを形にしたものです。私がとくに関心を持って見たのは滞在中のイメージにもとづく「東京の夏の夜 故郷の大火」です。インドネシア人であるアグンさんが、東京にどのようなイメージを抱いて造形化したのか、江戸時代の名所絵を研究してきた自分にはとても興味があったからです。
 頭骨の透けて見える人物が作者自身の投影であることは疑いありませんが、蝉やクワガタムシのような昆虫、ムカデ、トカゲ、蛸、そして画面の中心でのたくる大きな蛇のような紐状の物体など、コンクリートジャングル(ちょっと古い表現かもしれませんが)東京のイメージを具現したものがほとんど見いだせません。故郷のインドネシアに関わるモティーフのほうが多いのでしょうか。あるいは、美術館のある緑豊かな芹ヶ谷公園の印象が多彩な生き物のモティーフへとつながったのでしょうか(でも蛸は?)。少なくとも、彼が欧米のメディアによくあるような固定観念的なイメージを抱いていないのは確かです。
 一体何を描いている(イメージしている)のか。その答えは、作品の横に掲示された作者自身による「覚書」に書かれていました。それは私の浅薄な解釈を大きく裏切るもので、作者はすぐれた造形家であるだけでなく、哲学者でもあることを物語るものでした。どういうわけで?と気になる方は是非会場に足を運んで、ご自身でお確かめ下さい。 


 ★アグン・プラボウォ新作展示風景
アグン・プラボウォ
(手前から奥へ)《不安のプラズマを採取する》、《東京の夏の夜 故郷の大火》、《希望のプラズマを抽出する》
リノカット彫り進み技法、金箔・手製の再生紙、2020年、作家蔵


 
DSC_0256
アグン・プラボウォ
《東京の夏の夜 故郷の大火》
リノカット彫り進み技法、金箔・手製の再生紙、2020年、作家蔵


大久保 純一(おおくぼ じゅんいち 町田市立国際版画美術館館長)

「インプリントまちだ展2020」とフリーペーパー

 喫茶店や本屋さん、美容院や歯医者さんなどなど、近所のお店に置かれたフリーペーパー、ミニコミ誌、ZINE。紙を四つ折りにしただけの簡単なつくりだったりもするけれど、手に取ってみると、その地域ならではの興味深い情報がのっています。

 ところで、こうしたフリーペーパーって、どんな人たちが作っているのでしょう? 「インプリントまちだ展2020」では、住む町に育てる文化としてフリーペーパーを取り上げ、町田周辺で発行されている4誌をご紹介しています。

フリーペーパー


 FC町田ゼルビアのホームゲームで配布される 「ガゼッタ・デロ・マチダ」(現在は休刊中)。試合の予定や選手インタビューなど、ゼルビアに関する記事はもちろん、応援を楽しむための情報ものっています。サポーターが集まり、熱い応援を繰り広げるスタジアムのゴール裏は誰でも入れるエリアですが、初めて行くのはちょっと勇気がいるかも。そんな応援初心者にもわかりやすい記事を心がけ、ゼルビアサポーターの輪を広げることを目指しています。

「玉川つばめ通信」は玉川学園周辺の情報を発信するフリーペーパー。その名前は、かつて小田急線の玉川学園前駅の構内にあったつばめの巣に由来するとか。イラスト入りで紹介される「気になるお店訪問」など、地域に住む人だからこそ書ける内容となっています。

 こどもの国駅周辺エンタメマガジン『国マガ』は、この地域に住む、マンガ家を目指す同人で創刊されました。少年ギャグマンガの新人に贈られる赤塚賞の29年ぶりの入選賞受賞者として最近話題のおぎぬまX氏も、かつてここで腕をみがきました。今回の展覧会にあわせて発行された特別版「町マガ」を展覧会場で配布しています。
 
DSC_0285_CENTER

 「らぶ♡ふぁみ」は子育て世帯のための情報誌。「ママ友」という言葉がありますが、乳幼児をかかえて外出もままならない時期に友だちをつくり、子育て情報を得るのはそれほど簡単ではありません。乳幼児連れでも安心な飲食店や美容室などの紹介や、授乳室や子どもトイレの情報など、自分が体験してよいと思ったものだけを掲載し、子育て世帯を応援するフリーペーパーです。

 「インプリントまちだ展2020」ではこの4誌に、始めたきっかけや誌面づくりの工夫などをインタビューし展示室でご紹介しています(詳しい内容を図録にも載せています)。こういう活動が文化を育て、街を住み良くしてくれるのですね。

 7月24日(金・祝)にはこれらを発行している4団体をお招きし、「町田・フリーペーパー・ギャザリング」を開催します。それぞれの活動についてお話いただくほか、パネルディスカッションも予定しています。会場からの質問タイムも予定しています。ぜひご参加ください。

http://hanga-museum.jp/exhibition/index/2020-444

 

インプリントまちだと町田の記憶

現在開催中の「インプリントまちだ展2020 すむひと⇔くるひと―「アーティスト」がみた町田―」展は、現代作家の作品だけでなく、過去の版画や印刷物をとおして町田の姿を物語る、「ザ・町田」な展覧会です。いまでは駅前のにぎやかさが印象的なこのまちの、「かつて」の姿をのぞいてみませんか?


町田市の北部に位置する小野路町。ここには町田の“記憶”をたぐる手がかりとなる資料が残されています。今回の出品作で最も古い、明治期の銅版画をみてみましょう。(今回この資料をお借りしたのは小野路にある小島資料館。「近藤勇の髑髏の稽古着」など新選組関連の収蔵品で有名です!)

 image1
図1 新井銅板所《小島家銅版画(神奈川県下南多摩郡小野路村 小島守政)》1885年、小島資料館蔵


はがきほどのサイズに、当時質屋を営んだ小島家の様子がこまかく描き残されています。よくみると鍬をかついだ人もみえ、農作物が人びとの生活の糧であったことがわかります。また小島家の2階部分は、こののちに蚕室として改装され蚕の飼育がおこなわれたとか。

町田はかつて、八王子から横浜へと至る生糸の輸送ルート「絹の道」の中継点として栄えました。大正期の絵葉書にも、小野路宿の入り口に建てられた小野路製糸所で女性たちが働く様子が残されています。農作や生糸の生産がさかんだったこの地の記憶を、明治期や大正期の資料が今に伝えてくれています。

 image2
図2 《絵葉書(碓氷社甲寅組小野路製糸所繰糸場)》1914年頃、小野路町・細野家蔵(町田市立自由民権資料館寄託)


さて、この町田の、とりわけ養蚕にまつわる記憶を、現在に掘り起こした作家がいます。2018年に当館にお招きした荒木珠奈氏は、NYのご自宅で蚕を飼いながら(!)、繭をテーマにした作品を制作しました。当時、展示室に出現した大きなハンモックのインスタレーションをご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。


 image3
図3 荒木珠奈「繭」2018年(「インプリントまちだ展2018」展示風景、撮影:Hiro IHARA、制作協力:株式会社アラキ+ササキアーキテクツ、表具工房 楽) ※この作品は本展には展示されていません。

本展では荒木氏の銅版画と、明治期の銅版画、さらに大正期の絵葉書や種紙を並べて展示しています。町田の記憶をとどめる現在と過去の作品のコラボレーションを、ぜひご堪能ください。

月別アーカイブ
ギャラリー
  • 館長かわら版 その五十一
  • 館長かわら版 その五十一
  • 館長かわら版 その五十
  •  館長かわら版 その四十九
  • 館長かわら版 その四十七
  • 館長かわら版 その四十七
  • 館長かわら版 その四十五
  • 館長かわら版 その四十四
  • 館長かわら版 その四十二
  • 館長かわら版 その四十二
  • 館長かわら版 その四十一
  • 黒崎彰とヨルク・シュマイサー
  • 黒崎彰とヨルク・シュマイサー
  • 黒崎彰とヨルク・シュマイサー
  • 黒崎彰とヨルク・シュマイサー
  • 館長かわら版その四十
記事検索
プロフィール

hanga_museum

QRコード
QRコード