新型コロナウイルス感染症拡大のせいで、私の周りでも外部との会議はほとんどリモートになっています。在宅勤務で自宅の書斎から参加している人が多いのですが、なかには居間やダイニングキッチンと思しきところから接続する人もいます。会議嫌いの私など、つい議論の中身よりも参加者の部屋のたたずまいのほうに注意がいってしまいます。高名な研究者が、部屋着姿でキッチンボードを背に話している光景は、どこか不思議な感じがするのです。普段ならまず見ることもない他人の部屋(ごく一部分とはいえ)を目にする―これはパンデミックが生み出した新しい視覚体験といっていいかもしれません。
 4月11日まで、当館では「アーティストたちの室内画―見慣れない日常―」を開催中です。「室内画」とはちょっと耳慣れない言葉ですが、「風景画」や「歴史画」「静物画」などと同じように西洋絵画のジャンルを示すもので、文字通り室内空間をモティーフとしたものです。大道具・小道具を入念に取り揃えて社会性の強い寓意を表したものから、芸術家が自分自身のプライベートな部屋を描き出したもの、あるいは人の姿はない部屋のほんとの片隅を切り取ったものなど、時代により描かれた室内空間はさまざまです。
 今回の展示で私が気になる作品はスペインのジョアン・ポンスの版画集『変身』です。ある朝、主人公グレーゴル・ザムザが自室で目覚めると、一匹の大きな虫に変身していることに気づくという、カフカの有名な小説を視覚化したものです。私がこの小説を読んだのはもう40年以上も前のことになります。グレーゴルが変身した虫は芋虫のようなものだと記憶していたのですが、版画には細かい毛が生えた細長い無数の脚を持つ、まるで蜘蛛のような虫に描かれています。今回あらためて小説を読み返すと、版画の中の虫のほうが原作の描写に近いことがわかりました。この虫は画面の中になかなか全身を現さず、脚のみが覗いていたり、腹部の後ろが見えていたりして、そのことがかえって不気味さを醸し出しています。鍵穴とそこにささった鍵も何度か描かれるのですが、虫となったグレーゴルが家族を含む周囲から遮断されてしまったことを象徴しているのでしょうか。
以前と同じ自分の家にいるにもかかわらず、外界との関係性は大きく変わってしまっている。まるでパンデミック下の今のこの世界と同じかもしれない―不安感をかきたてる画面を見ながら、いつの間にかそんなことを考えていたのです。

大久保純一(おおくぼ じゅんいち 町田市立国際版画美術館館長)