健康のため、自宅近くの県立公園を主なコースとして30分程度のジョギングを日課としています。珍しく定時で帰宅でき、まだ明るい内に走れた日に、日没前後の空を撮影している女性を見かけることがあります。公園の広い芝生の上で、ひとりで空にカメラを向ける姿は目立つので、彼女のカメラが向けられた先に私も自然に目をやることになります。普段はノルマとする時間の達成にもっぱら気を取られていますが、このときだけは、空の多彩な表情に気づかされます。さざ波が立ったような鰯雲、縁が茜色に染まった積雲や、夕日で一部が金色に輝く入道雲などから、いつのまにか季節が移っていることを教えられるのです。と同時に、ああ広重の雲だな、清親の夕暮れ空だな、などと風景版画の大家の作品を連想することもあります。
空を観察することは風景画家にとっては重要な作業だったはずです。現在当館で開催している「浮世絵風景画 広重・清親・巴水 三世代の眼」に展示される作品でいえば、天保(1830~44)初期の「(一幽斎描き)東都名所」や同前期の保永堂版「東海道五拾三次之内」の江戸に近い宿駅図(「日本橋」「品川」「神奈川」)などでは、複雑な形をした雲がグラデーション豊かな藍や紅で重ね摺られ、時刻や季節の情感が漂う空が表現されています。広重の作品からこうした手の込んだ空の表現は急速に消えてゆき、そのかわりに空の上辺や下辺をひとつの色で帯状にぼかす手法で、印象的に季節や天候を表現するようになります。この変化の主たる理由には制作コストの低減化を挙げることができるでしょう。
明治の小林清親の一連の「東京名所図」の空の表現は広重以上に複雑で微妙です。彼の作品には夕暮れや夜の風景が少なくありませんが、複雑な色の摺り重ねにより、それぞれの時間にふさわしい空の様子がきわめてリアルに表現されています。ときに自然現象に忠実に空を表現しようとするあまり、夕空を引き裂いて走る黄色い筋(「千ほんくい両国橋」。この現象が何を描いたものなのか、ずっと疑問に思っていたのですが、今回の展示でロール状高積雲の可能性があることを知りました)や、雲の裂け目からまるで消える直前の線香花火のように放電される稲妻(「御厩橋之図)など、風景画としてはいささか目障りなような天候現象が描かれたりします。おそらく清親はいつも空を見上げ、つぶさに観察していた絵師だったのだと思います。
「浮世絵風景画 広重・清親・巴水 三世代の眼」をご来場の折は、ぜひ空の表現にも注意してご覧になってください。



