企画展「版画の見かた―技法・表現・歴史―」を開催中です。みどころ満載の展示ですが、一口に版画といっても用いる技法よって画面効果に大きな違いが出るところを、実作品で間近に確かめられる第一章「版画の技法」の部が一番の味噌かもしれません。画集や図録ではなかなか難しいところがあります。ただ構図や主題に注意を払うだけでなく、作家がそれぞれの版技法の特性や制約をいかに理解した上で、作品を生み出しているのかを考えつつ鑑賞すると、楽しみも倍加すること間違いありません。木版凸版である浮世絵版画を専門とする身からすると、それ以外の版画の技法を十分理解しているわけではなく、老眼を瞬かせて作品細部と解説に交互に見入ることも度々です。

第三章「版画の歴史」はたんに時系列で版画の発展史を組み立てるのではなく、「宗教」と「情報」という切り口で古今東西の版画を配列しているところが新鮮です。

なんだかほとんど観覧者の物言いになってきました。主催者側の一人として、お客様からの質問が多くて、と看視のスタッフから聞かれた錦絵(多色摺の浮世絵版画)について、この場を借りて簡単に説明させていただきます。

幕末を代表する浮世絵師三代歌川豊国の「今様見立士農工商 職人」で、前期展示(1031日まで)で会場の冒頭に展示されているものです。錦絵を制作する彫師と摺師の工房をひとつの画面の中に合わせ描いたもので、おおよそ対角線で画面を区切り、右上が彫師、左下が摺師の作業風景です。描かれた道具や作業内容は、当時の錦絵制作の実態をかなり具体的に再現しています。でも、なぜ皆女性で描かれているの?当時の彫師や摺師は女性が多かったの?というのが多く寄せられる質問だということでした。答えは至極単純です。当時の彫師や摺師は基本的にみな男性でした。でも、男ばかりの作業場を描いたら錦絵が売れないから、美しい女性の姿で描いているのです。その部分に関してはまったくのフィクションで(彫師と摺師がひとつ屋根の下で働いているのも)、だから題名に「今様見立」と冠しているのです。

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並行して、ミニ企画展『描かれた文学 ドラクロワとシャセリオー』も御覧になれます。展示のひとつの柱は、ドラクロワの『ファウスト』。有名なゲーテの戯曲をもとに描かれた版画集です。悪魔のメフィストフェレスは、学者のファウスト博士に弁舌巧みに取り入り、現世での望みをかなえさせる代わりに、死後の魂の譲渡を約束させます。ロマン主義絵画の大家であるドラクロワといえば、フランス革命を描いた「民衆を導く自由の女神」やオリエンタリズム絵画の代表作でもある「アルジェの女たち」などを想起しますが、それらの油彩画とはいささか異なった画風かもしれません。なんといっても悪魔のメフィストフェレスの狡猾な表情が面白い。まるで影のようにファウスト博士につきまとい、あれこれとよからぬ行いをたきつけます。それに踊らされ破局に向かうファウストや彼との恋に身を亡ぼすマルガレーテの表情やしぐさも、悲劇のはずなのになにかしらカリカチュアライズされたところがあります。原作を読んでいなくても、展示作品につけた解説をもとに十分粗筋は追えます。企画展「版画の見方かた」で得た技法に関する知識を、このミニ企画展でさっそく試してみる、という見方もありかもしれません。


ようやく緊急事態宣言も解けましたので、ぜひ足をお運びください。

大久保純一(おおくぼ じゅんいち 町田市立国際版画美術館館長)