芹ヶ谷だより

美術館スタッフが皆さまにお届けします。

2022年03月

館長かわら版  その二十五

 「江戸の滑稽」展に関して、前回のブログではコミカルな猫又をご紹介しましたが、今回も猫のネタでいきたいと思います。
 今回の展示には錦絵だけではなく大津絵も多数出ています。大津絵は東海道大津宿の近くで土産として売られていた民衆絵画ですが、江戸末期の浮世絵の戯画や風刺画の画題にもさかんに取り入れられました。大津絵の人気画題のひとつに「猫と鼠」があります。鼠が大きな盃で酒を飲み、猫が酒の肴に唐辛子を勧めている図です。「聖人のおしへを聞ず終(つい)に身をほろぼす人のしわざ成けり」との道歌が賛に添えられることが多く、猫にまんまと酔わされた鼠はあえなく餌にされてしまう、すなわち酒に呑まれて身を亡ぼすことを戒める画題だともいわれています。テレビアニメとして人気のあった「トムとジェリー」だと、抜け目のない鼠のジェリーはいつも猫のトムを翻弄するのですが、この絵では鼠は食べられてしまう運命にあるようです。「しめしめ」といった狡猾な表情からも、猫の計略がうまくいきそうな感じが見て取れます。

「猫と鼠」江戸時代、町田市立国際版画美術館蔵
「猫と鼠」江戸時代、町田市立国際版画美術館蔵

 ところで、この画題に関してあまり触れられることがないのですが、そもそも赤唐辛子は酒のつまみになるのでしょうか。それだけを食べるのには辛過ぎると思いますし、唐辛子の辛み成分であるカプサイシンは鼠避けに使われるという説もあるようです。もしかすると唐辛子にも何か重要な意味が込められているのかもしれません。夏はビールのつまみにシシトウを好むものの、なぜか家族の中で自分だけ激辛に当たってのたうち回ることが多い身としては、ネズミの行く末につい同情してしまうのですが。
 江戸末期の戯画や風刺画には大津絵の画題が多く取り入れられるといいましたが、その流行をつくりだしたのは歌川国芳かもしれません。今回の展示でも大津絵のキャラクターを取り入れた戯画で、嘉永元年(1848)の「流行逢都絵希代稀物(ときにあうつえきだいのまれもの)」、同6年の「浮世又平名画奇特(うきよまたへいめいがのきどく)」を展示していますが、後者は世相風刺だとの噂が立って大ヒットし、後世に大きな影響を残した作品です。なお、「猫と鼠」の画題も、楽亭西馬作で国芳が挿絵を描いた草双紙『稲妻形怪鼠標子(いなづまがたねずみびょうし)』(嘉永5年刊)の口絵に取り入れられています(今回の展示にはありません)。

大久保純一(おおくぼ じゅんいち 町田市立国際版画美術館館長)

館長かわら版  その二十四

 12日から始まる「江戸の滑稽―幕末風刺画と大津絵―」は、近年になって市立博物館から移管された田河水泡コレクションなど、江戸末期から明治の戯画や風刺画を特集したものです。錦絵の戯画は1840年代からの歌川国芳の活躍でジャンルとして大きく成長します。彼の手がけた膨大な戯画の中で今日人気のあるもののひとつが、「荷宝蔵壁のむだ書」です。土蔵の白壁に描かれた役者似顔の落書きという趣向のシリーズで、「荷宝」は「似たから」にかけています。安永8年(1779)刊の市場通笑(いちばつうしょう)作・鳥居清長画の草双紙『大通人穴さがし』の中に、「備後の三郎さくらの木にかいて見せしより、子共のいたづらにしらかべのしろきはなし」として、子供らが白壁に五代目団十郎の似顔絵を落書きしている様子が描かれていますが、国芳がこのシリーズで描いたものは、まさにそうした江戸の町中で日常よく見かける落書きだらけの土蔵の壁の再現なのです。当時の人気歌舞伎役者はスター中のスターで、子供たちにとってもヒーローだったのです。このシリーズは、わざと素人臭く描きながら、しっかりと個々の役者の顔の特徴は押さえているのが見どころです。

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歌川国芳「荷宝蔵壁のむだ書」(部分)
嘉永元年(1848)頃、大判錦絵、町田市立国際版画美術館蔵


 さて、この「荷宝蔵壁のむだ書」中の1図のど真ん中、役者たちの顔に囲まれ描かれているのが、この不思議な姿をした猫です。猫又と呼ばれる妖怪で、年老いた猫が妖怪化し、尾が二股に分かれています。弘化4年(1847)7月、市村座で上演された「尾上梅寿一代噺(おのえきくごろういちだいばなし)」の舞台で、巨大な化け猫の前で、小さな猫又たちが手拭いを被って踊る演出が行われたことに取材したものです。妖怪でありながら滑稽味あふれるその姿は、まるで赤塚不二夫のマンガに出てくるニャロメのようだなどと、国芳ファンの中でもとくに人気のあるキャラクター?なのです。しっぽに描き加えられた二本線で、こきざみに振り動かしているように見えるのですが、たまたまでしょうか。
 この猫又、本展第一章でご覧になれます。会期は1か月もありません。お見逃しなく。

大久保純一(おおくぼ じゅんいち 町田市立国際版画美術館館長)

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