01-35【驚異の部屋】

 ワ、ワニが天上に張り付いている!それを見上げながら何やら真剣に話をしている男たち。この一見シュールな空間は架空のものではなく、ある時代のヨーロッパで流行した実在の部屋をもとに描かれたものです。15世紀から18世紀にかけてのヨーロッパで流行した、貴族や学者が収集した動物標本や異国の文物など珍奇な品々を陳列する「驚異の部屋」に相当します。このフェッランテ・インペラートの『博物宝典』(1599年、ナポリで刊行)の挿絵はそれを絵画化した最初のものとのことで、ワニのまわりには巻貝や二枚貝などの貝類、カニ、エビ、ヤドカリなどの甲殻類、イモリのような生き物、魚類、ヒトデや海藻の一部など、さまざまな生物の標本でびっしりと埋め尽くされています。壁には水鳥のはく製も。空間を埋め尽くすように展示するやりかたは、17世紀のフランドル地方で流行したギャラリー画(富裕な絵画コレクターの陳列室を描いた絵画)に通じるところがあるように思います。圧倒的な物量を誇示するのも重要だったのでしょうが、リンネにより形態にもとづく分類学が生み出される以前のこと、部屋を埋め尽くす標本類の共通項は「水に生きる」という生態にもとづくものでしょう。

01-35【驚異の部屋】

動物園などでワニを見慣れている現代人が見ても不思議でインパクトのあるこの空間、現在当館で開催中の企画展「自然という書物 1519世紀のナチュラルヒストリー&アート」(521日まで)のポスターのチラシの一部にも使われているのですが、もしかすると逆さまのワニをレイアウトミスだと思われた方もいるかもしれません。真相は上述のとおりですので、その点、ご安心ください。

神の存在が人々の自然観を形づくる中世から自然科学の発達する近代へと移り変わるおよそ5世紀にわたるヨーロッパの自然誌に関わる画像を展示する今回の企画展には、超絶リアルな写生画や想像も交えた不可思議な動物など、多様な生き物の姿を見出すことができ、興味がつきません。この時代のヨーロッパの博物学の本の挿絵は江戸時代後期の絵画にも大きな影響を与えていますので、私としては職業上の性(さが)から注意をもって観ざるを得ないのですが、それ以上にヴェンツェスラウス・ホラーの『蛾、蝶、昆虫』(1646年)やマリア・ジビラ・メリアンの『スリナム産昆虫変態図譜』(1726年)などのリアルな昆虫図は、かつての昆虫少年(50年も昔の話)の胸を熱くするところがあります。今回の企画展、美術ファンだけでなく、日ごろ美術館には縁遠いけれど生き物にはすごく興味がある、という人たちも絶対お楽しみいただけると自信をもってお勧めします。アッ、でもそういう方は私のこのブログにアクセスする機会そのものが無いかも…


大久保純一(おおくぼ じゅんいち 町田市立国際版画美術館館長)