芹ヶ谷だより

美術館スタッフが皆さまにお届けします。

2023年12月

黒崎彰とヨルク・シュマイサー

DSC_0155

 現在開催中の「特集展示・黒崎彰 50年の軌跡」では黒崎彰(1937-2019)の作品30点を、「2023年度新収蔵作品展」ではヨルク・シュマイサー(1942-2012)の作品47点を展示しています。ふたりは長く固い友情で結ばれていました。

 黒崎が木版画を始めたのは1965年頃のことです。浮世絵の色彩表現にひかれ、職人のもとに出入りしてその技術を習得、1968年頃には伝統技術を現代版画の表現に取り入れたアーティストとして注目されつつありました。

070_IMG_b_008796
黒崎彰〈浄夜 73〉 1969年 木版


 シュマイサーが木版画、とりわけ浮世絵の技術を学ぼうとドイツから京都に来たのは1968年です。留学先の大学にその講座がないことを知り途方に暮れたシュマイサーはやがて黒崎のもとに行き着きます。

 「僕は当時ものすごく忙しかったから、道具を売る店や職人を紹介しただけ。放っておいたらどんどん行動範囲を広げて、気がついたら僕が知らない人と知り合いになっていた」―そのころのシュマイサーの様子を黒崎はこう話しています。行動力があり気さくなのは黒崎も同じ、ふたりには多くの共通点があるようです。欧米偏重の日本の美術界に疑問をもっていた黒崎と、ヨーロッパを離れ日本に学びに来たシュマイサー。版画技術の高さで知られますが、技術は思いのままに表現するための手段であって目的ではないという考えを持ち、変わることを恐れず、新たな表現に挑み続けました。旅が好きで世界各地で活動し、その地の文化を真摯に学びました。お互いが勤める大学で講師をしたり、交換留学制度設立に尽力したり、また国際交流展など仕事面でも最後まで協力を続けました。

 シュマイサーは1972年に帰国するまでに3組の木版画集を制作しました。いずれも黒の単色刷りで、浮世絵から連想される多色刷り木版は試作程度のものしか残されていません。日本的な要素は『古事記』や民話などの主題や、銅鏡や土偶、浮世絵などから取り入れた形体だけのようにも思え、刀の跡を活かした表現はむしろドイツ表現主義を思わせます。

W-54W-53
ヨルク・シュマイサー 『古事記』より 1970年 木版


 当館で2018年に開催したシュマイサーの回顧展の際の講演会で黒崎は、シュマイサーが帰国後に木版を制作しなかった理由を、線を表現の主体とする作家だったからだとし、木版画は面の表現だ、と講演を締めくくりました。

 伝統木版の技法を取り入れたと言われる黒崎ですが、浮世絵とは違いその作品には輪郭線のための主版が用いられていません。黒崎の表現の主体は面なのです。その視点で改めて作品をみると、シュマイサーが色彩を使わなかったのは、面の対比による表現を習得するためだったのかも知れません。

 技法も表現もまったくことなるふたりの作家ですが、作品を同時に展示したことで新たな発見があるように思えます。

館長かわら版その四十

 版画に特化した収集・研究・展示活動が評価されているのだと思いますが、当館は例年多くの版画作品のご寄贈のお申し出をいただいております。現在開催中の新収蔵品展は2022年度から2023年度上半期に寄贈いただいた作品の中から約100点を選び展示しています。著名作家の代表作を含む優品ぞろいで1点を選ぶのは難しいのですが、自分自身の好み(いつもそうだろう、と言われても否定はできませんが)から、ヨルク・シュマイサー(1942~2012)の「モーソン基地」(エッチング、アクアチント、ソフトグランド・エッチング)を取り上げてみましょう。
 シュマイサーはドイツ出身、ハンブルク造形美術大学で美術を学びます。1968年に京都市立芸術大学大学院に留学。その後、オーストラリア国立大学の版画科の教授として後進を指導する間、京都精華大学でも教鞭をとり、退官後は京都市立芸術大学の教授を務めます。彼はオーストラリアで没しますが、日本とはたいへん関係の深い作家なのです。
 「モーソン基地」は、2018年9月に当館において没後最初の本格的な回顧展を開催したご縁で、敬子夫人からご寄贈いただいた代表作を含む多くの作品中の1点です。1998年の夏にオーストラリア南極芸術フェローシップで現地を訪れたときのスケッチがもとになったものです。モーソン基地とはオーストラリアの南極観測基地のひとつですが、シュマイサーはそこに滞在しています。この極地の体験は相当に強烈なものだったようで、今回展示している「モーソン基地」や「氷山の道」など、それ以前のシュマイサーの作品とは少し違った雰囲気を持っているように感じました。暗灰青色の画面からは凍てつく南極の寒さが伝わってきます。太陽は水平線ぎりぎりの高さで、ほの暗い画面は夜の景なのでしょうか(極地なので夏は夜でも太陽が沈まない白夜です)。モノクロームに近い静謐な画面には彼が感銘を受けたとされる日本の水墨画の影響も指摘されていますが、私は浮世絵を専門としているので、横に4枚つないでワイドな画面を作るところなどから、「木曽路之山川」や「武陽金沢八勝夜景」という歌川広重の晩年の3枚続錦絵を連想しました(両図とも水墨画風に墨と濃藍だけで雪景あるいは夜の海景を表現しています)。
 もっとも本作は錦絵とは違って横2m近い大画面で、眺めているうちに、すっと風景の中に吸い込まれていくような錯覚を覚えました。実際に作品の前に立たなければ、その魅力は伝わってきません。2月18日まで開催中ですので、ぜひ足をお運びください。

ex541-01
ヨルク・シュマイサー「モーソン基地」2001-03年 エッチング、アクアチント、ソフトグランド・エッチング

月別アーカイブ
ギャラリー
  • 館長かわら版 その六十一
  • 館長かわら版 その六十
  • 館長かわら版 その五十九
  • 館長かわら版 その五十八
  • 館長かわら版 その五十七
  • 館長かわら版 その五十六
  • 館長かわら版 その五十六
  • 館長かわら版 その五十六
  • 館長かわら版 その五十五
  • 館長かわら版 その五十四
  • 館長かわら版 その五十三
  • 館長かわら版 その五十二
  • 館長かわら版 その五十一
  • 館長かわら版 その五十一
  • 館長かわら版 その五十
  •  館長かわら版 その四十九
記事検索
プロフィール

hanga_museum

QRコード
QRコード