良くも悪くも常識人である自分にとって、美術作品を見て想像がさまよう世界はかなり限られているようです。前回は西村沙由里の「御霊(みたま)くだり」を挙げましたが、そこに描かれた龍の主題から、また職業的な狭い想像を展開してみたいと思います。前回はこの作品から北斎らが描く「富士越龍図」を想起したのですが、「御霊くだり」に描かれた身をくねらせる龍のリアル造形から、龍を描いた日本美術の傑作のひとつである「雲龍図屏風」の作者である円山応挙も思い出しました。

 ご承知のとおり、応挙は18世紀後期の京都画壇で、写生を基礎にした清新な画風で人気を博した絵師ですが、彼の代表作のひとつに「保津川図屏風」((株)千總蔵)があります。まさに「奔湍(ほんたん)」というような勢いよく流れる渓流を描いたものですが、岸や水底の岩などで向きを変え、波うち、うねる水流が写実的に描かれています。それでいてなめらかで柔らかい布地のような水の流れは、まるで少し遅めのシャッタースピードで撮影した写真のような印象も与えてくれます。この水の流れを表現した応挙の鋭い観察眼と卓越した描写力に圧倒される作品です。

 「幻想のフラヌール」展会場に展示されている作品の中で、門坂流の「荒波」を見て、この「保津川図屏風」を頭に思浮かべたことを、応挙の名を連想したときに思い出したのです。「荒波」というタイトルからすると激しい波の打ち寄せる磯を表現したものでしょうか。岩場の影響を受けて多方向から打ち寄せ渦巻く波がぶつかりあう様子が表現されています。その複雑な水の動きの瞬間がリアルにとらえられている上に、近くで見ると波を表現する無数の細くなめらかな刻線が、きわめて高密度でありながら、まったく交差することもなく引かれていることに驚かされます。

 この作品は固い金属面をビュランという刀で直接彫ることで版をつくるエングレービングの技法を用いています。高度な技術を要する技法で、ビュランを操る手の動きがわずかにくるっただけで、もうこの波の線は台無しになったでしょう。まさに超絶技巧といってよいもので、版画と肉筆画の違いはありますが、鋭い観察眼と卓越した描写力という点で、上述の応挙の水流表現と肩を並べるものといえるかもしれません。

 「幻想」をテーマにした展覧会の話なのに、リアリズムばかり云々してしまいました。ともあれ、門坂の「荒波」もやはり実物を間近でじっくりと見るべき作品です。ぜひ会場まで足をお運びください。

【03-5】20210302_43
門坂流 荒波
1993年 町田市立国際版画美術館