芹ヶ谷だより

美術館スタッフが皆さまにお届けします。

2025年07月

館長かわら版 その五十三

ついに地球が壊れたんじゃないかと思うような猛烈な暑さが続きます。日中、とてもエアコンなしでは過ごせたものではありません。さりとてエアコンを使用すれば地球温暖化促進に加担しているようで、私自身は自宅にいるとき、スイッチを入れることに後ろめたさも感じたりします。もちろん、命にかかわる暑さなので、躊躇する場合ではありませんが(離れて暮らす長女からは、老親がちゃんとエアコンを使っているか、心配して確認のメールが来たりします)。
そんなとき、美術館にいくのもの手かな、などと考えたりします。美術品に囲まれた静かで涼しい館内で日中を過ごすのは悪くない対処法です。何年か前にこのコーナーでも書かせてもらいましたが、美術館巡りをする人は長生きするとの調査結果もあるようです。
現在当館で開催中の「版画ってアートなの?」は、夏休みに合わせてお子様がたのご来館を意識した構成になっていますが、これってアートなの?、版画なの?、と大人でも考えさせられる作品が多数展示されていて、実は結構深い内容です。このホームページの展覧会案内をご覧いただければ、ずいぶんいろんな作品が出ていることが伝わるかと思います。毎週水曜日と土曜日はフリートークデーとさせていただいておりますので、ご家族連れでぜひお越しになり、アートや版画の常識を超えた多様な作品について、いろいろ意見を交わしながらご覧いただくもの一興です。
私のおすすめは、ヴィクトル・ヴァザルリ(1907-1997)がバッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」に合わせて制作した作品を展示したコーナーです。ヴァザルリは幾何学的な構成にもとづく抽象画で知られますが、この作品集はバッハの曲をレコードで聞きながら鑑賞するという仕掛けで、緻密な計算のもとに造形された画面が、バッハの整然とした構築的な曲調とよくマッチしています。名曲に包まれ、しかもその曲に合わせてつくられた造形美術を鑑賞するというのは、贅沢極まりない体験でしょう。本展では大音量ではありませんがCDで曲も流していますので、疑似体験は可能です。
私個人はチャイコフスキー、ラフマニノフ、シベリウスなどの哀切感豊かで流れるような調子の曲が好きですが、もしも後期ロマン派やその流れを汲む曲に合わせたら、どんな画面になるのだろう、と想像しながら見入って(聞き入って)いました。

ヴァザルリのバッハコーナー

館長かわら版 その五十二

 9月21日(日)までの会期で、19世紀を代表する諷刺版画家オノレ・ドーミエの特集展示「ドーミエ、どう見える?―19世紀フランスの社会諷刺」を開催中です。ブルボン家の復古王政を倒した1830年の七月革命以後に盛んとなった政治諷刺も、1835年に政府批判の言論を規制する法令が出されてからは影を潜め、諷刺画の対象は社会や世相に向けられていきます。ドーミエは日刊(後に週刊)諷刺新聞『ル・シャリヴァリ』紙を主舞台に、ピリッと辛しを効かせた社会諷刺画を数多く発表しているのです。
 今回の展覧会タイトルはちょっとダジャレっぽいですが、展示の構成は今日的問題にもつながるテーマがいくつも盛り込まれています。
 1855年の第1回パリ万国博覧会に題材を得た「万国博覧会」は、今日のオーバーツーリズムに通じる問題をはらんでいます。その中の《第20図》「展示会場の眺め。晴れた日の午後3時、気温は38度!」は、パリ万博のメイン会場であった産業宮内部の暑さにげんなりする夫婦を描いています。夏季に開催されたとはいえヨーロッパで38度は大げさだろうとも思われますが、屋根が鉄とガラスで出来ていた建物の構造から、晴れた日の太陽光を受けて温室のようになっていたのでしょう。昨今の地球温暖化の中、この夏の大阪万博もさぞ暑かろうと想像されますが、救護所やクールスポットなど基本的対策はとられているとのこと。そうではなかったパリ万博で、熱中症で倒れる人は出なかったのでしょうか。

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オノレ・ドーミエ『万国博覧会』より《第20図》 
展示会場の眺め。晴れた日の午後3時、気温は38度!
1855、リトグラフ、当館蔵

 『青鞜派』は女性の社会進出を揶揄するような内容で、それが『ル・シャリヴァリ』紙に載っていることに、一筋縄ではいかない社会変革の難しさを知らされ、今日の日本の状況を思い起こすことにもつながります。クリミア戦争に題材を得たものからは、まさにいま世界を揺るがせているウクライナ戦争を想起させられました。「どう見える?」からさらに進んで、「どう考える?」と問いかけられているかのようです。

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