1968年、日本の伝統木版を学ぶために京都に留学したシュマイサー。
しかし大学には適したコースがなく、指導者を求めるうちに、木版画家の黒崎彰氏に出会いました。

シュマイサーの資質を見抜いた黒崎氏は、木版の技法を直に教えるのではなく、
摺りや彫りの職人を紹介し、シュマイサーが彼らの技を主体的に吸収するよう導きました。
これを出発点としてシュマイサーはさらに交流を広げ、自分なりに日本文化を理解し、
取り入れ、自らの表現へとつなげていきました。

たとえばこれは『古事記』からヤマタノオロチの物語。

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シュマイサー芸術への日本の影響の大きさを考える時、黒崎氏との出会いがいかに大切なものだったかがわかります。ふたりの親交は40年以上にわたり続き、国際交流の面でも協力しあって大きな成果を残しました。

10月20日(土)14時から開催の講演会「シュマイサーと日本」では、黒崎氏が所蔵されるシュマイサー作品を実際にご覧いただきながら、シュマイサーの制作、そして日本とのかかわりについてお話いただきます。ぜひご参加ください!