DSC_0157
 
 「美人画の時代―春信から歌麿、そして清方へ―」がオープンしました。チラシやポスターのキャッチコピーに「輝ける、浮世絵黄金期」と謳っていますが、現在の浮世絵研究者にほぼ共通する理解では、天明(1781~1789)と寛政(1789~1801)、すなわち18世紀の最後の20年を指しています。この時代、浮世絵の美人画では二人の巨匠が活躍しました。天明年間を代表するのは鳥居清長、寛政年間は喜多川歌麿です。

 清長は均整のとれた八頭身のプロポーションを持つ美人様式をつくりあげ、アーネスト・F・フェノロサから浮世絵の最高峰と評価されました。フェノロサは、清長が描く美人をギリシャ彫刻に比肩するとまでほめ称えています。歌麿は人物の上半身をクローズアップする「大首絵」形式を美人画に導入し、類型的な容貌表現が当たり前だった時代に、モデルごとの容貌の差違を描き分けるという画期的な作画姿勢を見せます。また鋭い観察眼で女性のさりげない仕草を巧みにとらえ、匂い立つような色香をたたえる美人画を描き上げています。このように、両者の描く美人画は、まさに「黄金時代」の輝きを放つといって過言ではないのです。

 ただ、黄金(gold)が高い価値を有するのは、そのまばゆい輝きだけではありません。有史以来の全採掘量を合わせても競泳用プール数杯分にしかならないといわれるその希少性も、金の価値を高めているのです。

 同様のことは、清長や歌麿ら「黄金期」の絵師たちの錦絵にも当てはまります。版画ですから個々の作品は相当枚数摺られたはずですが、葛飾北斎や歌川広重ら江戸末期の絵師の作品に比べると、今日残っているそれぞれの作品枚数ははるかに少ないのです。作品によっては、世界に2,3枚しか確認されていないということもざらです。一方、北斎の「冨嶽三十六景」や広重の「東海道五拾三次」中の図では、3桁の単位で残っているものも珍しくないでしょう。時を経る中で亡失した割合を考えても、その差は大きすぎます。おそらく18世紀後期の錦絵と、急速にメディア性を強めていく江戸末期以降の錦絵とでは、もともと摺られた枚数の桁が違っていたのではないかと思われます。

 というわけで、今回の展覧会ではその稀少な黄金期の美人画がまとまって鑑賞できる絶好の機会です。いい季節にもなりますので、芹ヶ谷公園の散策も兼ねて是非美術館に足をお運びください。


DSC_0163
DSC_0165
DSC_0171

大久保純一(おおくぼじゅんいち 町田市立国際版画美術館館長)