だいぶ以前のことになりますが、浮世絵の展覧会に足を運んだおり、二人連れの女性の内のお一人が壁に掛かった葛飾北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を見て、「へえ~、ずいぶん小さい絵なのね」と、とても驚いた反応を見せておられたのを目にしたことがあります。北斎の傑作として有名な作品で、海外でも広くGreat Waveの名前で知られています。画面近景には海面にせり上がった巨大な波とそれに翻弄される小舟が描かれ、大波の砕ける先の最遠景に富士山が鎮座しています。モニュメンタルなまでに大きく誇張された波、その波がつくりだす運動のエネルギーがあいまって、とても大きな印象を与える作品です。ポスターや壁画など、さまざまなメディアに取り入れられていることも、この作品の大きさに対する人々の印象に少なからぬ影響を与えているかもしれません。しかしながら、実際の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」の大きさは、江戸時代後期の浮世絵版画の標準的な判型である大判で、縦26㎝、横38㎝ほどに過ぎません。この方はご自身の頭の中のスケール感と、実際の作品の大きさのギャップに驚かれたのです。
 この逆の現象ももちろんあるでしょう。ヨーロッパの美術館の高い壁面に掛けられているルーベンスの神話画を目にしたときは、画集で見るのとはまったく異なるその巨大さに圧倒されたものです。
 前回のブログで、新型コロナによるパンデミックの中で、展示が開けない美術館や博物館が会場の動画をウェブ上で公開する動きが出てきていることに触れました。リモート・ワークが加速するのと同じように、リモート・ミュージアムの動きも進んでいっていいのではないか、と書きましたが、だからといって展示室に足を運ばなくて良くなる、という気持ちはさらさらありません。上に書いたような作品のスケール感は実物を前にしなければわかりません。また、浮世絵を例にとれば、ある程度の圧力をかけて和紙に染料や顔料が刷り込まれた木版画特有の風合いなど、コンピューターのディスプレイを通しては十分伝わりません。
 長く準備完了のまま待機していた当館の「インプリントまちだ展2020」も、ようやく会期を変更してオープンできるようになりました。4年間のシリーズ展の集大成で、インドネシアの新進作家アグン・プラボウォ氏の作品が展示のひとつの核となります。リノカットという版画手法を用いた色鮮やかな作風が特徴で、作者の環境に対する高い意識から用紙は作者手製の再生紙を使っています。その再生紙特有の質感も、実物を間近に眺めることではじめて伝わってきます。また、一枚一枚の版画は部分図であり、それらを複数枚組み合わせてひとつの全体図とした作品、たとえば「自分を失う」などは縦250㎝、横200㎝というように、相当大きな画面になります。実物を前にすると、中核モティーフである人間の半身像が展覧会図録(今回の企画展の図録は、多彩な展示構成を反映して、ちょっと宝石箱のような楽しさもあります)で見るのとはまったく違うスケールで迫ってきます。この作品は急死した作者の父親を追悼するために制作したものということですが、この人物(作者)が呑み込まれようとする悲しみの淵の深さも、実物の画面の大きさを通してのほうがより切実に感じ取れるように思います。
 美術作品はやはり実物をみるに如かず、です。美術館は感染防止の対策をほどこして、皆様のお越しをお待ちしておりますので、ぜひ足をお運び下さい。


selflessness
アグン・プラボウォ《自分を失う》リノカット彫り進み技法、手製の再生紙、2015年、作家蔵

大久保 純一(おおくぼ じゅんいち 町田市立国際版画美術館館長)