大都市に対しては、ステレオタイプ的なイメージが形成されることが少なくありません。たとえば、欧米のテレビが東京の街を紹介するとき、よく映し出されるのが渋谷のスクランブル交差点や新宿の大ガードです(前者は先般の緊急事態宣言下で、東京都心の人出の減少を示す映像としても繰り返し使われましたが)。海外からは人波で溢れる都市イメージが持たれているからでしょう(無論、間違ってませんが)。繰り返し同じ街角の映像が刷り込まれることで、なおさら都市に対するイメージは固定化されていきます。
 しかしながら、そうした固定観念が無い旅行者がはじめて訪れた都市を描くとどうなるのでしょう。江戸時代に通信使(外交団)の一員として江戸にやってきた朝鮮人絵師の描いた江戸の街の画像がソウルの国立中央博物館に所蔵されていますが、江戸湾に面した市街地の中には無数の塔のような構造物が林立しています。最初、その絵を見たとき一体何を描いたのか分かりませんでしたが、しばらく考えて火の見櫓であることに思い至りました。火災の多かった江戸では、市街地や大名屋敷内などに多数の火の見櫓が建てられていましたが、その光景が外国の使節の目には珍しいものと映ったのでしょう。江戸の絵師が描いた江戸の全景図では、火の見櫓はそれほど目立つようには描かれていません。日頃見慣れているから、絵師の関心をひかなかったのかもしれません。
 現在当館で開催中の企画展示「インプリントまちだ展2020 すむひと⇔くるひと」で展示の中心となっているのは、インドネシアの新進版画家アグン・プラボウォさんの作品です。会場でとくに目をひくのが、彼が町田市のために制作した巨大な画面の3部作「不安のプラズマを採取する」「東京の夏の夜 故郷の大火」「希望のプラズマを抽出する」です。来日前、滞在中、帰国後という、三つの異なる時点における東京および町田市に対するイメージを形にしたものです。私がとくに関心を持って見たのは滞在中のイメージにもとづく「東京の夏の夜 故郷の大火」です。インドネシア人であるアグンさんが、東京にどのようなイメージを抱いて造形化したのか、江戸時代の名所絵を研究してきた自分にはとても興味があったからです。
 頭骨の透けて見える人物が作者自身の投影であることは疑いありませんが、蝉やクワガタムシのような昆虫、ムカデ、トカゲ、蛸、そして画面の中心でのたくる大きな蛇のような紐状の物体など、コンクリートジャングル(ちょっと古い表現かもしれませんが)東京のイメージを具現したものがほとんど見いだせません。故郷のインドネシアに関わるモティーフのほうが多いのでしょうか。あるいは、美術館のある緑豊かな芹ヶ谷公園の印象が多彩な生き物のモティーフへとつながったのでしょうか(でも蛸は?)。少なくとも、彼が欧米のメディアによくあるような固定観念的なイメージを抱いていないのは確かです。
 一体何を描いている(イメージしている)のか。その答えは、作品の横に掲示された作者自身による「覚書」に書かれていました。それは私の浅薄な解釈を大きく裏切るもので、作者はすぐれた造形家であるだけでなく、哲学者でもあることを物語るものでした。どういうわけで?と気になる方は是非会場に足を運んで、ご自身でお確かめ下さい。 


 ★アグン・プラボウォ新作展示風景
アグン・プラボウォ
(手前から奥へ)《不安のプラズマを採取する》、《東京の夏の夜 故郷の大火》、《希望のプラズマを抽出する》
リノカット彫り進み技法、金箔・手製の再生紙、2020年、作家蔵


 
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アグン・プラボウォ
《東京の夏の夜 故郷の大火》
リノカット彫り進み技法、金箔・手製の再生紙、2020年、作家蔵


大久保 純一(おおくぼ じゅんいち 町田市立国際版画美術館館長)