草間彌生の代名詞ともなっている水玉の南瓜は、美術を取り上げた欧米のジャーナリズムでもすっかりお馴染みのイメージとなっています。いささか大げさかもしれませんが、北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」と匹敵するくらいに、今日よく目にする日本美術のイメージといってもいいかもしれません。現在当館で開催中のミニ企画展示「シリーズ現代の作家 草間彌生」には、もちろんその水玉の南瓜をモティーフとした版画も展示していますが、今回私が取り上げたいのは、草間の芸術のもうひとつのシンボルともいえる「無限の網 Infinity Net」と題された作品群です。
幼少の頃から強迫神経症に悩まされた草間が幻視した、無限に増殖していく網を造形化したものですが、この網が若き日の彼女をニューヨークのアートシーンで注目される存在へと押し上げることになります。本展では、1953年以後の「無限の網」を数点展示していますが、不整形な方形をひたすらつないで描く網目は一見無機質なように見えながら、あちらこちらで盛り上がったり、くぼんだりと、立体的な起伏がイリュージョンされ、凝視していると、蠕動(ぜんどう)するかのような錯覚にいつしか陥ります。
日本の伝統美術において病的な心理が呼び覚ます網のイメージといえば、能の「土蜘蛛(つちぐも)」でも知られる、病床の源頼光(平安中期の武将)を悩ませる土蜘蛛の妖怪の網を思い出します。巨大な土蜘蛛はその網で頼光を絡めとろうとするのです。網はその中に包み込むものを得てこそ、本来の存在意義を見出します。
草間の網は不安定な心理状態の彼女を包み込み、身動きをとれなくするようなことはなかったのでしょうか。「蝶 Butterflies」(1995年)の網の上に捕らわれた蝶たちを、彼女自身の精神の投影と見ることもできるかもしれません。洋の東西で、古くから蝶を人の魂の化身と見る考えがあったことを思い出しつつ、とりとめない想像をめぐらしたのです。

大久保純一(おおくぼ じゅんいち 町田市立国際版画美術館館長)