12日から始まる「江戸の滑稽―幕末風刺画と大津絵―」は、近年になって市立博物館から移管された田河水泡コレクションなど、江戸末期から明治の戯画や風刺画を特集したものです。錦絵の戯画は1840年代からの歌川国芳の活躍でジャンルとして大きく成長します。彼の手がけた膨大な戯画の中で今日人気のあるもののひとつが、「荷宝蔵壁のむだ書」です。土蔵の白壁に描かれた役者似顔の落書きという趣向のシリーズで、「荷宝」は「似たから」にかけています。安永8年(1779)刊の市場通笑(いちばつうしょう)作・鳥居清長画の草双紙『大通人穴さがし』の中に、「備後の三郎さくらの木にかいて見せしより、子共のいたづらにしらかべのしろきはなし」として、子供らが白壁に五代目団十郎の似顔絵を落書きしている様子が描かれていますが、国芳がこのシリーズで描いたものは、まさにそうした江戸の町中で日常よく見かける落書きだらけの土蔵の壁の再現なのです。当時の人気歌舞伎役者はスター中のスターで、子供たちにとってもヒーローだったのです。このシリーズは、わざと素人臭く描きながら、しっかりと個々の役者の顔の特徴は押さえているのが見どころです。
歌川国芳「荷宝蔵壁のむだ書」(部分)
嘉永元年(1848)頃、大判錦絵、町田市立国際版画美術館蔵
さて、この「荷宝蔵壁のむだ書」中の1図のど真ん中、役者たちの顔に囲まれ描かれているのが、この不思議な姿をした猫です。猫又と呼ばれる妖怪で、年老いた猫が妖怪化し、尾が二股に分かれています。弘化4年(1847)7月、市村座で上演された「尾上梅寿一代噺(おのえきくごろういちだいばなし)」の舞台で、巨大な化け猫の前で、小さな猫又たちが手拭いを被って踊る演出が行われたことに取材したものです。妖怪でありながら滑稽味あふれるその姿は、まるで赤塚不二夫のマンガに出てくるニャロメのようだなどと、国芳ファンの中でもとくに人気のあるキャラクター?なのです。しっぽに描き加えられた二本線で、こきざみに振り動かしているように見えるのですが、たまたまでしょうか。
この猫又、本展第一章でご覧になれます。会期は1か月もありません。お見逃しなく。
3月10
大久保純一(おおくぼ じゅんいち 町田市立国際版画美術館館長)
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